デビュー30年を迎えた筋肉少女帯・大槻ケンヂが明かすロック界の恐ろしさ「バンドマンがモテた時代なんて1ミリもなかった」

デビュー30年を迎えた筋肉少女帯・大槻ケンヂが明かすロック界の恐ろしさ「バンドマンがモテた時代なんて1ミリもなかった」

「50歳を超えて絶叫している人生に驚く」と語る、筋肉少女帯のヴォーカル・大槻ケンヂ

大槻ケンヂがヴォーカルとして率いるバンド・筋肉少女帯が、昨年2018年6月にメジャーデビュー30年を迎えた。

同年10月には19枚目となる、30周年記念アルバム『ザ・シサ』をリリースし、現在、全国ツアーを開催中。また大槻ケンヂ自身はソロプロジェクト、大槻ケンヂミステリ文庫をスタートさせ、ラウドロックな筋肉少女帯とは一味違ったファンキー&ジャジーなサウンドを展開。12月にはアルバム『アウトサイダー・アート』をリリースしている。

目下、賑わいを増し続ける筋肉少女帯。大槻ケンヂを直撃し、30年を振り返ってもらいバンドマンとしての心境を語ってもらった。

* * *

――現在、筋肉少女帯はメジャーデビュー30周年イヤーということで、ライブなど、精力的にご活動されていますね。

大槻 そうですねー。いやー、もう30年経つんだよなぁ。ずいぶんと長いことやってきたよな〜。

――なんだか他人事のような(笑)。昨年10月には30周年記念アルバム『ザ・シサ』をリリースしました。「オカルト」「なぜ人を殺しちゃいけないのだろうか?」「宇宙の法則」など、タイトルからして怪しい曲ばかり、ラウドなバンドサウンドを鳴らしていてシビれました!

大槻 ありがとうございます。ラウドサウンド、たまに疲れますけどね。もう50歳超えて相変わらず絶叫している自分の人生に、驚きます(笑)。

――『ザ・シサ』は、同じものでも見る位置が変われば異なるものに映るという「視差」が由来だとか。それをなぜタイトルに?

大槻 僕、日中にワイドショーをよく観てるんですけど、あれって「この人が悪い!」みたいな報道をしますよね。でも見方を変えたら「そうとばかりも言えないんじゃないか?」って思うこともある。物事っていろんな見方ができるんだから正解はない、本当のことなんてないっていうのが自分の中にいつもあって。オカルトが好きってのもそうですしね。長年、自分が考えてることをそのままつけたんです。

――それを30周年記念の作品につけたということは、筋肉少女帯についても言えるということですか?

大槻 そうですね。筋肉少女帯の30年がどんなものだったかというと、それはメンバー、リスナー、名前だけ知ってる人、それぞれの視差で違いますから。何が正しくて、何が本当だったかなんて絶対分からないんですよね!

――もともと筋肉少女帯は高校生の頃、メンバーの内田雄一郎さん(ベース担当)と結成したのが始まりだったと聞きました。

大槻 当時は「ロック=不良が演る音楽」みたいなイメージがまだあったんです。でもそうじゃない、俺たちみたいなサブカルオタクならではのロックをやろうじゃないかと。それで内田くんと打ち込みして始めました。ま、当時はろくな機材がなかったから、全然うまくできなかったけど。

――出したい音のイメージはあったんですか?

大槻 まるでなかったです。アヴァンギャルドで混沌とした世界観はぼんやりあったけどそれだけ。そもそも音楽のことなんて、何もよくわかってなかったし。パンクとファンクの違いだってわからなかった(笑)。

――もともと、どんな音楽に影響を受けたんですか?

大槻 いろいろあったけど、例えば......80年代の前半、中学生の時に聞いたYMOは衝撃でしたね。駅前の電気屋さんの前で偶然聞いて電流が走りました。僕らより前の世代が初めてビートルズを聴いた時ってこんなんだったろうなって。あと日本のニューウェイブを聴いてました。特にヒカシューってバンドは歌詞が面白く、文系っぽくて衝撃的で。

――当時はパンクも流行ってたと思いますけど、そっちは?

大槻 ザ・スターリンは好きでした。それも歌詞がよくて。

――「吐き気がするほどロマンチックだぜ」みたいな。

大槻 そうそう。それと後追いだけど頭脳警察とか。僕らが中学生の頃は学生運動ってもう下火だったけど、70年代的なインテリの感じに憧れてて。頭脳警察なんかはそんな感じでしたね。

――YMOとザ・スターリンと頭脳警察って、見事にバラバラですね。

大槻 確かに。しかもバンドにはその後、橘高文彦くんってギターが入るんだけど、彼はヘヴィメタル出身で、さらにメタルのカラーもついたりして。筋肉少女帯って、とてもミクスチャーのバンドなんです。なんでかっていうと、僕自身、ミュージシャンになろうと思ったことがなかったからで。

――なるほど。ってことは、ある意味、音楽にこだわりがなかったと。

大槻 なかったです(笑)。ただ自分を表現したかっただけで、それを手っ取り早くやるにはバンドだったってことなんです。いまだにミュージシャンの意識はないですもん。肩書きはカッコいいから「ロックミュージシャン、作家」にしてるけど(笑)。

――でも、ただ自分を表現したいだけならバンドマンじゃなくてもよかったのでは? たとえば演劇には興味なかったんですか? 80年代初期は小劇場も流行ってましたし。

大槻 小劇場って狭いから小さく丸まって観るでしょ。僕は落ち着きがないから、2時間以上もジッと芝居を観るなんてできなかったんです。だから演劇はほとんど無縁でした。あと僕は、ケラさん(現・ケラリーノ・サンドロヴィッチ)と空手バカボンってユニットを高校生時代からやってたんですけど、なぜかケラさんに誘われなくて。

――ケラさんは、早くから劇団を旗揚げして公演をやってましたよね。近くにいたにも関わらず、声がかからなかった。

大槻 筋肉少女帯のメンバーで芝居好きのヤツは誘われたんだけどね。なので、それでやる機会がなかったというか。

――内心では、役者をやってみたいと思っていたんですか?

大槻 はい(照笑)。映画が大好きだったし、バンドもヴォーカルをつとめていたわけだから、自分が演じたらロバート・デ・ニーロくらいには芝居ができるだろうなと思っていました(笑)。まぁ、そんな甘いもんじゃなかったって後でわかるんですけど。

――というと?

大槻 バンドでそこそこやった後、忍者モノのVシネマで主演のお話をいただいたんですよ(『空想科学任侠伝 極道忍者ドス竜』/1990年)。で、ついに俺のデニーロ越えの芝居が見せられるぜ!なんて思って出たんだけど、いざ本番になったら頭が真っ白になっちゃって。人には向き不向きがあるんだなと(苦笑)。でも今なら、そこそこ対応できる自信はありますけどね。

――おーっ、その自信の根拠というのは?

大槻 30年いろんなことをやって、「爪痕を残そうとしない。でも高をくくらないという」のが大事なんだと悟りましたから。どちらもロクな結果にならないんですよね。いま振り返ってみると当時は、爪痕を残そうとしていたし、なめてました。かといって、今もし若かったら役者を目指すかというと、それもまたわからないけど。

――では一体、何を目指してますか?

大槻 今だったら、きっとユーチューバーですね。

――ユーチューバー!

大槻 うん、絶対にやってた! あっ......あれだ、アイスのケースに入って、炎上するバカッターとかバカスタグラマーもやってたと思う!

――自己表現が過剰になり、残念な方向に行ってしまうと(笑)。

大槻 そうそう。ああいうニュースをみると、あれは俺だったかもしれないなと思っちゃう。あと、もし生まれが都内じゃなく関西に住んでいたら、お笑い芸人を目指してた気もするし。NSC(吉本興業のタレント養成所)に通ったりしてね。

――そういえば若い子に聞くと、いま学校で一番の人気者ってバンドマンではなくお笑いができる子みたいですね。

大槻 いやいや、バンドマンがモテた時代なんて1ミリもなかったでしょ。

――えっ! 大槻さんは自身の本や過去のインタビューで、バンドの人気とともに、モテモテになったって豪語してませんでした? 

大槻 書いたかもしれないけど、実は違います。そんな人生は甘くないもの。

――違う? モテてなかったんですか?

大槻 あれはかつての自分のような、B級ホラーやオカルトが好きだったりする暗いサブカル少年に夢を与えたくて、虚構の武勇伝を語っていたんです。冴えないヤツでも、バンドをやればモテるよ!と。

――大槻さんが昔の女性遍歴を綴ったエッセイも読みましたけど......。

大槻 あれも夢......こんなだったらいーなーってドリームね。ほら、昔の俳優さんのエッセイとかにあったでしょ。スターになればいい飯、いい酒、いい女、いい車が付いてくるって。昭和の読み物ですね。あれだって、1を100に膨らませて少年に夢を与えていたんだよね。てか、そもそも昔の実録物に本当のことが書いてあるわけがないんです。梶原一騎とか読んだことないですか!?

――ありますけど、でも......。

大槻 昔はそういうバカな武勇伝は、すげー!って思われてみんなで楽しむみたいな文化があった。でもネットが生まれて、そういう武勇伝はむしろ叩かれる対象になっちゃった。それ、ただの自慢だろみたいな。だから最近は夢を語らなくなったよ。

――大槻さんがモテてなかった! 30年目の驚くべき真実!

大槻 30年も信じてくれてありがとう(笑)! ただそういうのを信じてバンドに夢中になることは決して悪いことはないです。大山倍達の本を読んで、指で10円玉を折れなかったとしても、空手を続けたこと自体はよかったとは思うでしょ。僕は夢を与えると同時に、何かに頑張る大切さを教えたかったんです! 違うか(笑)。

――そこまでおっしゃるならそういうことにしておきます(笑)。ちなみにここまでバンドをやり続けて、一番印象に残っていることはなんですか?

大槻 う〜ん......デビュー前のことでもいい? 18歳の頃に空手バカボンで、日比谷公園の近くの大きなスペースでイベントに呼ばれた時のことですね。お客さん2000人くるって聞いてたんだけど、行ってみたら誰もいなかった......。

――誰も! ってことは、ゼ......!?

大槻 そうゼロ! でも俺たち、頑張って演奏したんだよ。そうしたらギャラが出てね。何千円。当時、高校生だったから、音楽でお金がもらえるなんて考えたこともなかったから驚いちゃった。でもよくみたら数百円、引かれてるの。それ、昼に主催の人と食べたスパゲティ代で......。

――スパゲティ代! 出演者だし、普通はおごってくれません?

大槻 その時は何も言えなくて。それでロック業界の恐ろしさを初めて実感しましたよね。お客ゼロでギャラはくれるけど、昼飯代はしっかり抜く。気を抜いたらあっという間に落とされる、決してぼんやりしてられない世界というか(笑)。心底、大人やべ〜、ロックやべ〜って思ったもん!

――それでロック界の厳しさを知り、こうしてやり続ける原点になったというか。

大槻 そうかもしれない(笑)。でもその経験も視差を変えてみれば、こうしてネタになってるからよかったかなって。恐らくこの先、またいろんなことが起ると思うけど視差を変えることで、よかったってことになっていくんだと思います(笑)。

●大槻ケンヂ 
ミュージシャン、作家。1966年2月6日生まれ。82年、中学校の同級生だった内田雄一郎と共にロックバンド・筋肉少女帯を結成。88年にアルバム『仏陀L』でメジャーデビュー。筋肉少女帯としての活動の他、ソロ活動やバンド・特撮のメンバーとしても活動。また、作家としても多数の作品を執筆

■大槻ケンヂ LIVE情報 
●埼玉ゴズニーランド 〜大槻ケンヂ5ソロアルバム祝再発LIVE!〜 
2019年4月12日(金) 新宿LOFT 
OPEN 18:00/START 19:00 
※大槻ケンヂ・ソロアルバム「オンリーユー」「I STAND HERE FOR YOU」「わたくしだから」「スケキヨ」「アオヌマシズマ」から収録曲を再演!

■筋肉少女帯 LIVE情報 
●ザ・シサ ライブBlu−ray発売記念「ザ・ハル」2019 1st LIVE! 
2019年4月21日(日) 恵比寿 LIQUIDROOM
OPEN 17:00/START 18:00

●Here is your heaven! 〜メジャーデビュー31周年目前SP〜 
2019年4月28日(日) EX THEATER ROPPONGI
OPEN 16:45/START 17:30

●メジャーデビュー 30th Anniversary FINAL LIVE「ザ・サン」突入31st! 
2019年6月30日(日) 中野サンプラザ 
OPEN 17:15/START 18:00

■筋肉少女帯
メジャーデビュー30周年記念 オリジナルNew Album『ザ・シサ』発売中!

■大槻ケンヂミステリ文庫
大槻ケンヂの新プロジェクト、通称"オケミス"の1stアルバム『アウトサイダー・アート』発売中!

取材・文/大野智己 撮影/五十嵐和博

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