平成の女子アナの記憶C 内田恭子アナがブレイクした理由

平成の女子アナの記憶C 内田恭子アナがブレイクした理由

1976年6月9日生まれ、西ドイツ出身。慶應義塾大学商学部卒業後、1999年にフジテレビに入社。在局中は『すぽると!』『笑っていいとも!』『ジャンクSPORTS』などを担当。2006年3月に寿退社。現在は2児の母となり、フリーアナとして活動中


2000年代初期に絶大な人気を博したのが、1999年にフジテレビに入社した内田恭子アナだ。

「実は彼女、遅咲きのルーキーだったんですよ。というのも新人の頃は報道番組にフィールドキャスターを担当するなど、目立った活躍ができていなかったんです」(フジテレビ関係者)

当時脚光を浴びていたのは同期の大橋マキアナだった。

「大橋アナがわずか入社2年で退社したことから、『すぽると!』(大橋アナ時代は『プロ野球ニュース』)、『ジャンクSPORTS』などの担当番組を内田アナが引き継いだんです。そこから一気にブレイクしました」(女子アナウオッチャー)

新人時代から自由奔放なキャラクターは、スタッフの間で面白がられていたという。

「先輩局員が新人歓迎会を開いたとき、参加者のほとんどが2次会に行く流れで、彼女だけが『カレが待っているから』と早々に帰ったらしい。当時、『アイツは大物になるよ』って、話題になっていたのを覚えています(笑)」(前出・関係者)

また、こんなエピソードもある。『すぽると!』を担当していたときのこと。

「野球の知識がないまま担当していたので、必死に選手の名前を覚えようとしていたのですが、彼女は取材ノートに『友達の○○君似』『アゴ、特徴』とか書いているんですよ(笑)。けなげな様子がかわいかった」(前出・関係者)

在局中、内田アナは数々の伝説を残し、一時代を築いたのだった。

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