映画『宮本から君へ』の原作者・新井英樹がエレカシへの感謝語る「この幸せを誰かにおすそ分けしたいくらい」

映画『宮本から君へ』の原作者・新井英樹がエレカシへの感謝語る「この幸せを誰かにおすそ分けしたいくらい」

『宮本から君へ』の原作者である新井英樹先生


『ザ・ワールド・イズ・マイン』『キーチ!!』などで、漫画ファンからアツい支持を受ける漫画家・新井英樹による初期の代表作『宮本から君へ』が映画化された。監督は、昨年高い評価を得たドラマ版(テレビ東京)の演出も担当した真利子哲也が引き続き務める注目作だ。

主人公・宮本浩を池松壮亮、ヒロイン・中野靖子を蒼井優が演じ、原作の後半部分を描く映画版では、今度は宮本と靖子が「ある事件」に見舞われたことから"究極の愛の試練"にさらされる。靖子の元恋人・風間裕二を井浦新、ラグビー部に所属する怪力の持ち主・真淵拓馬を一ノ瀬ワタルが演じる。

今回、原作者の新井英樹先生を直撃。25年前に完結した漫画にもかかわらず、今もなお多くの人に影響を与え続ける名作が生まれた経緯から、タイトルの由来になったエレファントカシマシへの思いまで話を聞いたインタビューの前半をお届けする。

■サラリーマン漫画がデビュー作になるとは思ってなかった

――原作の『宮本から君へ』は先生の週刊連載デビュー作ですが、あらためて読み返してみると後の作品とかなりタッチが違っていることに驚きました。

新井 この次の『愛しのアイリーン』、それから『ザ・ワールド・イズ・マイン』や『キーチ!!』は、自分からやりたいと言って連載が始まった作品なんです。でも、『宮本から君へ』だけは編集部の提案で始まったもの。もともと『モーニング』(講談社)では『島耕作』っていうサラリーマンものがヒットしていて、オレにも「ヤングサラリーマンものを読み切りで書かないか」という話が来た。それで「読み切りだったら、以前サラリーマンをしていた経験があるので、そのときのことを元に描いてみます」と1本描いてみたんです。

――主人公・宮本浩の名前は、エレファントカシマシ(エレカシ)の宮本浩次さんからの影響ですよね。

新井 オレはエレカシを聴くまで、音楽の歌詞に興味がなかったのですが、宮本浩次さんの歌詞を聴いたとき、「歌詞ってこんなに面白いのか!」って衝撃を受けて。それでまだ一部の音楽ファンにしか知られてなかった宮本浩次さんから主人公の名前を拝借して、それをタイトルにしました。でも、これは編集部に言われた読み切りの企画だったからそうしたことで、連載が前提の作品だったら、そんな安易に好きだから使うなんてことにしなかったと思うな。そしたら、それが連作になり、隔週って話が出て、そして週刊連載に......となっていったんですよ。

だから、『宮本から君へ』が後の作品と毛色が違うって感想はその通りで、これがオレの実質的なデビュー作と言われてるけど、まさか自分でもサラリーマンもので連載デビューするなんて思ってなかったから、本当に手探りで描いていたんです。

――サラリーマン経験を元に描いたとのことですが、サラリーマンとして働いていたのは何年くらい?

新井 大学卒業後の1年くらい。これは『愛しのアイリーン』で完全に解放しちゃったんだけど、オレは実家がペンキ屋だったので、子供の頃に接していた大人は職人さんばかりだったんですよ。だからサラリーマンのことはほとんどわかってなくって。知っていたのは自分が経験したわずかな期間だけだから、そのときに感じた肌触りと、取材で得た知識で必死に自分なりのサラリーマン漫画を描きました。おかげで連載中は自分がやっていた頃よりも、はるかに仕事の内容に詳しくなった(笑)。

■「宮本浩」というキャラクターをつかめた瞬間

――この作品で先生が自分なりの手応えを掴んだのはいつ頃でしたか?

新井 最初の頃のネームは直しが多かったんですよ。そのほとんどは主人公に関することで、「読者に嫌われないように描きなさい」ってことだった。宮本が茂垣裕奈ちゃんとラブホテルに行く回(4話)を描いたときも、最初はそのままセックスしちゃう展開でネームを切ったんです。でも編集者から、「甲田美沙子(宮本が最初に好きなる相手。ドラマ版のヒロイン)と付き合えるかどうかって話をやっているときに、違う女とやっちゃう主人公を誰が応援するんだよ」と言われて、やらない展開に描き直すことになりました。

ただ、どうしたらやらない展開にできるのかわからなかったから、宮本がやらない理由を内省する様子をモノローグで追いかけることにしたんです。で、それをやってみたら、なんとも言えない面倒くさいやつになったなと(笑)。

オレなりに「宮本はこういうやつなんだ」ってつかめた気持ちになったのは、島貫部長に必死で土下座する場面(42話、43話)を描いたときかな。何かに執着したとき、こいつは頭より肉体を使うやつなんだってことがわかって。あの土下座がなかったら、映画にも出てくる真淵拓馬とのケンカにつながっていかなかっただろうと思います。

あそこにつながるってことでいうと、もうひとつ大きかったのは、途中から宮本のモノローグをやめたことですね。これは連載を続ける中でわかったことだけど、どうやら読者っていうのは、モノローグを主人公の"本音"として受け取るらしいんで。でも、本当は人間って心の声ですらカッコつけてるでしょ。オレはそう思って描いていたのだけど、誤解されるくらいならと、いっそモノローグを外してしまった。それで主人公の行動だけ描いて、あとは読み手が勝手に頭の中を想像してくださいってやったら、一気に描けることが増えて、楽しくなっていきました。

――頭より先に肉体で反応するという宮本のキャラクターを描くうえでは、モノローグはむしろ邪魔だったわけですね。

新井 読者からしたら「読みづらい」って感じたかもしれないけど、モノローグがあるままだったら、拓馬との対決の場面はなかったと思う。

■オレの主人公は基本、仲良くなりたいとは思わない人

――映画では宮本浩を池松壮亮さんが演じていますが、拓馬との対決にいたる過程も含め、まさに原作そのままの「考えるより行動だ!」という人物を全身で表現されていました。この「宮本浩」というキャラクターは、先生にとってどんな存在ですか?

新井 宮本みたいな人と友達になりたいとは思わない(笑)。だって何するかわからないやつだし。基本、オレの主人公は半径5メートルより中には近づきたくない人です。だけど、ちょっと離れて見ている分には面白いっていうアホを描きたい。

――連載時には男性誌の「嫌いな男性アンケート」の1位に宮本が選ばれたこともありました。

新井 そうそう。困ったのは、宮本浩をオレの分身だと読者が思っちゃうこと。もちろん、宮本はオレから派生している人物ではあるけど、そんなことを言ったら益戸だって小田課長だってオレから派生した人物ですよ。でも、読者は主人公を作者の分身だと思い込んじゃうんですよね。

当時手伝いに来てくれた年上のアシスタントさんに言われましたから。「新井くんが宮本みたいな人だったらどうしようと思っていたけど、違ったから良かった」って(笑)。その後も『愛しのアイリーン』のときは宍戸岩男みたいな人だと思われたし、『ザ・ワールド・イズ・マイン』のときはモンちゃんみたいな人だと思われていた。あんな人たちは現実にはいないですよ(笑)。でも、いるかもしれないか...。

――でも、僕も学生時代に『ザ・ワールド・イズ・マイン』を読んだときには、新井英樹という漫画家は相当にパンクな人なんだろうなと思っていました。

新井 全然(笑)。むしろ、「オレはロックだ」「オレはパンクだ」とか言っちゃうことが恥ずかしいってタイプで、日常があるからハジけたことが描けると思っている。これが逆の人もいるけど、オレは日常が自己申告としてしっかりしてないと、ハジけたことを描くのが怖くなるんですよ。

■映画はセリフもシーンも、ほぼ原作をそのまま再現

――実写化に際しては監督の真利子哲也さんに、「とにかく原作を壊してくれ」とお願いしたそうですね。

新井 そう。でも彼は原理主義者(笑)。というか、すごく愛してくれているので、セリフもシーンもほとんど原作に近いまま再現してくれてますね。

――それは映画を観たあとに原作を読み返してみて驚きました。本当にそっくりなんですよね。

新井 それなのにいい感じに壊れた映画になっている。撮影現場の人に聞いて面白かったのが、「この作品はスタッフも出演者も好き勝手なことをした」って(笑)。それは言い得て妙だし、なのに奇跡的に調和もある。まさに『宮本から君へ』という作品そのものを的確に評した言葉だと思う。

――普通、漫画のキャラクターと同じセリフを生身の役者さんが喋ったら、セリフが大げさに聞こえたりすると思うんです。でも、『宮本から君へ』の映画はセリフが原作そのままであるにもかかわらず、違和感がありませんでした。

新井 むしろ、漫画よりもセリフが生々しく聞こえてますよね。だから初号試写を観たときに、「こんな恥ずかしいセリフ、本当にオレが書いたのか?」って、顔が真っ赤になっちゃった(笑)。

――もちろん宮本を演じた池松さんの熱演ぶりもすごかったですが、ヒロインの中野靖子を演じた蒼井優さんも、本当に原作の靖子がそこにいるかのような存在感でした。

新井 この映画では2人とも顔つきが普段と違っているんですよ。映画の2人をイラストにしようとすると、普段の池松くん、蒼井さんと似なくなってしまう。反対に普段の2人の写真をイラストにしてみると、今度は映画の宮本浩、中野靖子にならないんだよね。役者さんは本当にすごいってつくづく思いました。

■エレカシの主題歌を初めて聞いて、感動のあまり泣いた

――原作を忠実に再現していることもそうですが、作品に関わった方々が、本当に『宮本から君へ』という漫画を愛していることが伝わってくる映画でしたね。

新井 本当、感謝しかないです。実写化に関しては、実は今までなかなか言う機会がなかったことがあるので、ここでちょっと言っておきたいんだけど。

――なんでしょうか?

新井 ドラマ版のときに主題歌をエレカシに担当してもらったのですが、その『Easy Go』って曲がさいたまスーパーアリーナで初お披露目されるときに、オレは仕事の都合でWOWOWの生中継で観ていたんですよ。そのとき感動のあまりボロ泣きで(笑)。エレカシが好き好きで、宮本浩次さんの名前を借りて描いた漫画が、今やこんなことになるなんて、本当にすげえわと思って。

この話をなかなかできなかったのは、映画もドラマも、手柄は全部映像化をしてくれた真利子くんのものだから、オレがエレカシに「オレのためにありがとう」なんて言うのは違うなと思っていたから。ただ、本当にうれしかったんですよ。

それまでオレは『珍奇男』という曲がエレカシの代表曲だと言ってきたけど、それが『Easy Go』になり、映画の『Do you remember?』(宮本浩次のソロ曲)でまた塗り替えられた。この映画は悲惨な"事件"が物語の中心にあって、妊娠があって、ケンカがあって、プロポーズまであるっていうめちゃくちゃな映画だけど、エンドロールで『Do you remember?』が流れると、一気にテンションが上がるんですよ。

――ネタバレになるので詳細は避けますが、「あの事件」をしっかりと描いた作品で、最後が肯定感で終わる映画ってめったにないですよね。

新井 最後にすべて丸く収まった感じすらあって。しかも『Do you remember?』には、エレカシのエピック時代の歌詞の単語があちこちに散りばめられている。いや、本当にすごい曲ですよ。映像化をやってくれたみなさんには感謝しかないです。今はオレばっかりいい思いをしていたら悪いから、この幸せを誰かにおすそ分けしなきゃと思っています。

◆後編⇒漫画家・新井英樹が『宮本から君へ』で描きたかったもの「みんなやっていることを描いて何がいけない?」

●新井英樹(あらい・ひでき)
1963年生まれ 神奈川県出身 漫画家。
1989年のアフタヌーン四季賞夏にて『8月の光』が四季大賞を受賞しデビュー。1992年には、『宮本から君へ』で第38回小学館漫画賞青年一般向け部門を受賞した。その後も『愛しのアイリーン』『ザ・ワールド・イズ・マイン』『キーチ!!』など、衝撃的な作品を発表。漫画ファンのみならず、漫画家をはじめとした作り手にも大きな影響を与えている。

■映画『宮本から君へ』は本日、9月27日より全国公開。詳細は公式HPにて。

取材・文/小山田裕哉 撮影/山口康仁

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