『朝鮮半島と日本の未来』姜尚中氏インタビュー。残された最後の分断国家、韓国と北朝鮮の統一への道筋とは

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政治学者・姜尚中(カン・サンジュン)氏にとって、自らが生まれた年に勃発した朝鮮戦争の終結と、南北の歴史的和解を見届けることは「人生最大の悲願」であった。日本と朝鮮半島の友好的な共存の道についても、長きにわたり模索を続けてきた。

そうした、姜尚中氏の人生において最も重要なテーマを真正面から扱った力作が、最新著の『朝鮮半島と日本の未来』だ。「戦後最悪」の状態に陥った日韓関係を解きほぐす道はあるのか。また韓朝関係も近年にないほどに緊張が高まるなか、先行きの見えない北朝鮮の動向は今後どのように変化していくのか。そして日本が果たすべき役割とは何か。

来る6月25日に朝鮮戦争勃発70年を迎えるいま、姜氏に刊行に際しての思いと、これからの展望について伺った。

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――今年は朝鮮戦争の勃発から70年、そして姜さんも70歳を迎えられます。どのような思いから今回の本を書こうと思われたのでしょうか。

姜 朝鮮戦争が起きてから70年、冷戦体制が崩壊してからもかれこれ30年が過ぎているわけですね。それだけの時間が経過しているにもかかわらず、依然として朝鮮半島は分断されたままです。その原因はどこにあるのかを考えていかなければいけないという問題意識がまずありました。

その時に何よりも必要なのは、東西冷戦の最前線に立たされた朝鮮半島が、分断されてから今日に至るまでどのような経緯をたどってきたのかを事実に即して見ていくことです。

そこで、今回の本では金日成が亡くなった1994年を起点に、国家崩壊の危機にさらされながらも北朝鮮が核開発を進めてきたこれまでの道のりを見直すことから始まり、この30年近くの朝鮮半島を含む北東アジア情勢の動きを追いながら、分断と対立を乗り越える道を探っていきました。

――日本と韓国・北朝鮮とのあいだには難問が山積していますが、なかなか解決の糸口が見出せていません。これを打開していくにはどのような道筋があるのでしょうか。

姜 いまは中断されていますが、やはり(南北米中露日による、北朝鮮の核問題を解決するための)六者協議の枠組みは活かすべきだと思っています。この六者協議において、これまで日本の役割はいまひとつ不鮮明でしたが、今後の北東アジアの安全保障を考えた場合、その役割は極めて重要になってくると思います。

たとえば、日本が議長国になって、協議を北京だけではなく、東京でも開くようにする。そうすれば、日朝の直接交渉を行うチャンスもできるだろうし、中国の覇権的な拡大を多国間の安全保障の枠組みの中に封じ込めることができ、同時に米中の対立を牽制できる。

そういう枠組みをつくることで、日本の安全保障を日米安保だけに委ねる「一本足打法」から、北東アジアの多国間の枠組みにも軸足を置く「二本足打法」へ移行していくことができるはずです。

――そうした未来をつくっていくためには、日本も韓国もお互いけなし合っている場合ではないと?

姜 本当にその通りです。以前、アメリカは北朝鮮の寧辺(ヨンビョン)核施設を爆破するというシミュレーションを行ったことがあります。それによると、アメリカの爆撃が成功したとしても、北朝鮮の報復によってアメリカ及び周辺の韓国・日本などの死者は100万人以上、損害総額は1兆ドルにのぼると想定されています。つまり、もし米朝間で戦争が起きれば、日本も韓国もただでは済まない。

そういう最悪のシナリオを考えてみても、日韓がなぜここまでやり合わなければいけないのかがどうしても理解できない。この現状を変えることで、経済的にも双方の利益につながるような道を模索していくべきだと思います。

――今回の本は、これまでの事実経過を細かくたどり、巻末には、朝鮮半島と日本をめぐる詳細な資料が付されて、「事実」に重きが置かれていることが特徴ですね。

姜 そうなんです。感情的な言葉を投げ合っているときこそ"ファクト"をしっかり踏まえることが大事なんですね。何年か前、大学生に、「君たちの中で北朝鮮の都市を5つ以上知っている人はいるか。また、北朝鮮の人物で5人以上知っている人はいるか」と訊いたのですが、答えられる人はほとんどいませんでした。

人物であれば、金日成は知らなくて、金正日、金正恩は知っているけど、それ以外の人は知らない。そのくせ、北朝鮮というのは悪い国だというイメージだけは共通して持っている。

朝鮮半島の問題は、ファクトを知らずしてイメージや印象論で語られることが多いんですね。特に北朝鮮の場合には、情報が少ないことに加えて、恐怖や嫌悪の感情が先立ってしまうことが多い。4月には「金正恩死亡」との速報が流れ、真偽も不明のまま、センセーショナルに危機を煽り立てるような憶測が飛び交いました。

しかし、あえて立ち止まって客観的な「事実」を丁寧に追いかけてみると、それまで見えていなかった北朝鮮側の事情、韓国側の事情が少しずつ見えてきて、解決の糸口を得ることにもつながる可能性がある。今回、ぼくもクロノロジカルに事実を追っていくことで改めて気づいたことがたくさんありました。

――今回の本には「朝鮮半島の『長い二〇世紀』」というフレーズが出てきますが、ドイツ、ベトナムの二つの分断国家は20世紀のうちに統一を果たしたにもかかわらず、朝鮮半島だけが今世紀まで持ち越されています。

姜 この唯一残された分断国家がこのまま半永久的に続くのかというと、さすがにもう続かないと思います。様々な場面で、南北分断体制の限界や矛盾が露呈しつつあります。

では、続かないとするならば、どういう手を打つべきなのか。その際、軍事的な手段で問題を解決しようというのは非現実的ですね。

とはいえ、急速な変化はさまざまな軋轢を引き起こすだろうから、それこそ、ベトナム方式とも違う、ドイツ方式とも違う第三の道を、今後30年ぐらいかけて考えていかなければいけないのではないかと思います。恐らく、長い道のりになるでしょう。

――そのために具体的に何が必要なのでしょうか?

姜 朝鮮半島の統一における阻害要因の一つに、韓国の宿痾ともいうべき「南南葛藤」(韓国の南東部と南西部の対立)という地域間の対立がありますが、まずはこれを克服することが必要です。
たとえば、北朝鮮との統一や安全保障にかかわる基本的なポリシーは、与党でも野党でもあまり変わらないのに、南北関係の改革が進もうとするたびに、南南葛藤が激化して、対立の論理だけに基づき南北融和の動きを逆戻りさせてしまう。これをどうにかしないといけないんですね。

――姜さんが親しく付き合われていた金大中氏もそうしたことで大変苦労されましたね。

姜 金大中氏の自伝を読むと、そうした南南葛藤という問題を踏まえ、長年かけて練り上げたのが「三段階統一論」なんですね。

つまり、第一段階では、国連で韓国と北朝鮮が一つずつ席を持ちつつ、緩やかな「国家連合」の形態を取る。第二段階では、一つの国家の中に二つの政府がある「連邦制」に移行し、そして最後に「統一国家」に至る――そういう構想です。

――そこで大事なのは"リアリズム"の視点だと強調されています。

姜 今回の本を書くのに、旧西ドイツの外相で、東西統一後も外相として力を発揮したハンス?ディートリヒ・ゲンシャーの考えが大いに参考になりました。ゲンシャーはまずシュミット内閣のときに外相に就任し、コール政権においては、ゴルバチョフが唱えたペレストロイカ政策を支持し、冷戦終結に導いた政治家です。

かつてゲンシャー氏が来日した機会にお会いしたことがあるのですが、そのときにぼくに言ってくれた言葉がいまでも印象に残っています。

――どのような言葉だったのですか。

姜 「私は、戦前にヒトラー・ユーゲントの一員だった。戦後は東ドイツ自由民主党(LDPD)に参加し、その後西ドイツに亡命して政治家になったが、そのころは朝起きると、いつもお祈りをしていた」というんです。

「どんなお祈りですか」と訊くと、「東ドイツがなくなってほしいと。でも、東ドイツはある。だから、あるものをないというのは文学であって、ある以上は交渉するのが政治だ」と。

たとえば拉致問題にしても、日本政府は北朝鮮に対して「拉致問題解決」という前提条件を譲らずに圧力のみで向き合ってきましたが、現在のところ結果的には解決はますます遠ざかりつつある。いわば、「外交」がなきに等しい状況にあるわけですが、改めてこの言葉が思い出されます。

――まさしく政治のリアリズムですね。

姜 そのリアリズムがわかっていない人が結構いるんですね。韓国は弱小国家で日本の植民地主義の被害者であって、ドイツとは違うんだ、と。

しかし、朝鮮半島に統一国家ができれば、中国、日本も含む北東アジアの緊張が大きく緩和することは間違いない。そのためには、いろいろな国々に働きかけて、なんとかその方向を模索しなくてはいけないんですね。

ところがいまの日韓の外交を見ていると、どちらも内側の拍手喝采を得るためなら、相手側をどんなに叩いてもいいという感じで、これはもう外交ではないですね。

──この本が目指す"未来"は、どのようなものでしょうか。

姜 ここまでくるのに時間がかかりましたけど、結局、日本も韓国も北朝鮮も同じ船にみんな乗っているわけですから、より親密な北東アジアのパートナーとして共に歩んでいくことは、相互の利益に適っているだけでなく、それぞれの未来にとって必須です。

そうした方向に向かうためにも、今度の本が多くの人たちに読んでもらえたらうれしいですね。

■姜尚中(KANG SANG−JUNG)
1950年生まれ。東京大学名誉教授。鎮西学院学院長・熊本県立劇場理事長兼館長。専攻は政治学・政治思想史。著書は100万部超の『悩む力』とその続編『続・悩む力』『母の教え』のほか、『マックス・ウェーバーと近代』『オリエンタリズムの彼方へ』『ナショナリズム』『増補版 日朝関係の克服』『在日』『リーダーは半歩前を歩け』『心の力』など。小説作品に『母―オモニ―』『心』がある。

●『朝鮮半島と日本の未来』(集英社新書 860円+税)
2018年に歴史的な米朝首脳会談が成るなど、朝鮮半島では南北統一への歩みが着実に進みつつある。果たして近い未来、南北統一は実現するのだろうか。その時に東アジアには、そして日本には何が起こるのか。南北朝鮮の現代史を丁寧に振り返りつつ、北東アジア地域の行く末を展望するとともに、分断と対立を乗り越える道を探る。朝鮮戦争勃発から70年の節目に、「人生最大の難問」を真正面から論じた、政治学者・姜尚中の勝負作!

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インタビュー・文/増子信一 写真/熊谷貫

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