『青のり』『ペチャパイ』で一世風靡した“黒いゆず”ブリトラが生前葬?「40にもなって中学2年の時の感覚」 

『青のり』『ペチャパイ』で一世風靡した“黒いゆず”ブリトラが生前葬?「40にもなって中学2年の時の感覚」 

バカバカしい歌詞や下ネタソングで一部の中高生から支持を得たブリーフ&トランクス。右は伊藤、左が細根

1998年のメジャーデビューから2000年の解散まで、わずか2年半という活動期間ながら、ラジオを中心に多くの中高生を虜(とりこ)にしたブリーフ&トランクス(以下、ブリトラ)。

デートにも関わらず、青のりが前歯に付いてしまった女のコを歌った『青のり』や、本人いわく“ペチャパイの応援歌”である『ペチャパイ』など、中高生中心に幅広く世間の心に刺さる下ネタやバカバカしい歌詞が話題を呼んだユニットだ。

伊藤多賀之(たかゆき)が難病指定されているクローン病を患い、一度は解散をしたものの、再び細根誠と組み、気が付けば再結成。さらに今年、まさかの再メジャーデビューを果たした。

そこで彼らが一体、どんな人物なのかを直撃。前編ではメジャーデビューまでを語ってもらったが、その後の苦悩や今回の復活までを明かした。

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―高校卒業からメジャーデビューまで2年って、かなりトントン拍子ですね。

細根 爽やかなのに面白くてグロい人たち、グロい曲をすごい笑顔で歌う人たちみたいな感じでファンの方が付いてくれたからよかったよね。

伊藤 そうなんですけど、偶然にもそれまでアコースティックブームがなかった時代だったんですよ。でも、僕たちがやっていた時、ちょうどゆずと19が出てきて、それで全部持ってかれちゃったんですよね(笑)。

細根 向こうは王道で、僕らは「黒いゆず」って言われてたよね(笑)。

伊藤 今なら「ゲスゆず」とか言われそう(笑)。

―おふたりはしばらく共同生活されてたんですよね。

伊藤 それも大変でした。ふたりで1DKだったので狭いんですよ。それをふすま1枚で分けて、お互いギターで音出すからごちゃごちゃで集中できないし、ちゃんとやってるから静かにしてくれなんて言えないし。

細根 事務所の意向だったんですよ。一緒にずっと練習しろって。

伊藤 でも僕は一室あったけど、細根はDKのほうだったので、プライベートも何もない。だからエッチなものも観れないし。

細根 いや別にもうそうなったら観ないけどね。

伊藤 僕は観てたけどね。

細根 あ、そうだったの。さすがに俺がいない時でしょ?

伊藤 いる時もこっそりやってた(笑)。








―おふたりともなんだかんだ、やけに仲がいいですよね(笑)。

伊藤 よく勘違いされてましたよ。同棲してるし、ステージではニコニコ見つめ合いながらハモってるし。『さなだ虫』のPVで、ふたりが上半身裸でベットにいてゼリーを食べさせている映像とかがあったりして。インパクト狙いだったんですけど、ホモだと思われて…。

―もう、その疑惑は晴れているんですか?

細根 僕は結婚もしたので晴れたと思いますが、偽装結婚ではないかとも(苦笑)。

伊藤 僕のほうはまだ晴れてないですね、40歳にもなるのに結婚してないから。むしろパートナーを変えたんじゃないかって。「女のコが好きです」って絶対書いといてください。

―わかりました(笑)。実際、メジャーデビューされたわけですけど、世間の反応は良かったんですか?

伊藤 デビュー曲の『さなだ虫』が「ミリオンナイツ」(TOKYO FM)っていう人気ラジオ番組で話題になって、その次の『青のり』もラジオですごいリクエストがきましたね。

細根 歌詞が歌詞だからTVの露出は少なかったんですけど、有線とラジオで出てました。

伊藤 ただ、ライブっていうのものを一度解散する2000年までしたことがなかったんですよ。インストアライブだけ、2ヵ月で80本くらいやってました。毎日のように。土日は1回に4本ずつとか。

細根 関西の時はすごかったよね。

伊藤 インストアライブだけど、300、400人来るんですよ。関西の時はアーケード内に5店舗CDショップさんがあったんですけど、その全てでやるってなって、僕たちが次の店に移動する時はお客さんも一緒に移動するみたいな状態だった。

―そんな人気もあったのに、2000年に解散してしまったわけは…。

伊藤 そうですね、短命でしたね。ファンの方には申し訳なかったです。インストアライブがありつつ、2年半でアルバム5枚出してるんですよ。すごいハイペースだったのでそれで病気しちゃったと思うんですよね、ハードすぎで。それからは療養しつつ、のんびりとソロ活動してました。

細根 僕は思いつきなんですけど、九州で友人が花屋をやっていたので、その道に進んで花屋を経営してます。ブリトラは伊藤が中心なので、解散が決まったら音楽もそれで終わりにしようと思って。

―伊藤さんは、その間に誰か他の人とやろうとは思わなかった?

伊藤 考えたこともなかったですね。やっぱり僕の歌に合わせられるのは細根しかいない。誰か違う人とハモったら初期のブリトラと比べられてしまう。僕の持論ですけど、コピーはオリジナルを越えられないと思っている。だったらひとりでやっていたほうが別物としてできるかなって。

ソロの間もあくまでブリトラの伊藤でやってきたんですよ。テーマも変えず。ただ、細根が抜けた分、爽やかさが抜けてグロくなりましたね。

細根 そんなことないでしょ(笑)。

伊藤 でも、ブリトラの熱が上がってきたのは解散後のほうが大きいんですよ。ファンが動画サイトだったり、カラオケで歌ってくれるんですよね。特に『青のり』はエグすぎずエロくもない、いわゆる定番ソングですね。

―まさに自分が高校生の時にクラスで流行ったのはカラオケきっかけでした! それから2012年の夏に再結成されましたが、どういった経緯で?

伊藤 病気のこともありますけど、花屋って夏は暇なんですよ。だからです(笑)。

細根 そう。夏はあんまり花売れないんですよ。

伊藤 あとは、僕らの同級生が結婚し始めて、余興をやってくれっていう依頼が多くて、それは再結成前ですけど、そういう余興をやりまくってたら「もう一回面白いからやらない?」って。

―なるほど(笑)。再結成ライブは渋谷O−EASTでソールドアウトと、12年ぶりにもかかわらず、すごい返り咲きですよね。

伊藤 溜めたんでしょうね。十何年分溜めたものを発散したっていう。

細根 12年ぶりに歌うのにいきなり1千人の前で歌うってなってすごい緊張した。花屋だからね(笑)。でも、登場して照明ついた時の歓声がすごかった。こんなに僕たちのこと待っててくれたんだって。嬉しかったですね








―しかも実質、初ライブですからね。今も曲作りのコンセプトは変わっていないんですよね。

伊藤 そうですね。中学2年の時の感覚というか。例えば『パチンコ』のパの文字だけ長く歌ってみたり、ああいう小学生レベルの下ネタを入れてみたり…大人の下ネタは入れたくないんですよ。

細根 『まんげつ』もヤバいよね(笑)。「げ」だけ、ひたすら伸ばして(笑)。

伊藤 大人になれてないんだと思います。ずっと大学生くらいの感覚なんですよね。前も「アウト×デラックス」(フジテレビ系列)に出た時にマツコさんに言われたんですけど、どっかの大学生のお兄ちゃんと話してるみたいって。40近い重みを感じないって言われました(苦笑)。

―解散前と変わったこととかも特にないんですか?

伊藤 ないですね。細根もすごい一生懸命やってくれてますし。

細根 めっちゃ上からだな(笑)。一生懸命やらせてもらってます。

伊藤 今、いい距離感です。肩の力を抜いて、歳も取ったしね。

―9月21日(火)には『〜メジャー復帰アルバム発売記念スペシャル〜「ブリトラ超大復活祭2016」』のDVDも発売されました

伊藤 そうなんです。150分ノーカットなんですよ。しかも今回、初めて副音声をつけてみたんですよね。150分曲の解説と雑談をしながら、ずっとしゃべり倒している。ファンの方は喜んでくれるのではないかと思いまして。

細根 ここ歌詞間違えてるよねとか、喋ってますね。

伊藤 僕は思い出好きなので。自分のライブを観てて楽しかったです。というか、今までのライブは全部保管してあるんですよ。いつ何かに使えるかもしれないと思って。死んだ時に伊藤の遺産みたいな感じで。

細根 生前葬をして、生で振り返ってもらえばいいんじゃないの。

伊藤 そうだね。でもそんな事より今回のDVDは映像としては最高傑作だと思っておりますので記事にその件も入れといてください(笑)。

―生前葬、いつか実現してください(笑)。今日はありがとうございました。

■ブリーフ&トランクス






1995年、高校生だった伊藤多賀之と細根誠が結成したフォークデュオ。98年に『青のり』でメジャーデビューするも、2000年に解散。伊藤はソロ活動、細根は花屋の道に。12年に再結成し、今年『ブリトラ依存症』で再メジャーデビュー。4月に行なわれた〜メジャー復帰アルバム発売記念スペシャル〜「ブリトラ超大復活祭2016」のDVDが発売中。詳しくは公式HPをチェック http://www.briefandtrunks.com/

(取材・文/鯨井隆正 撮影/五十嵐和博)

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