角田陽一郎×大森立嗣(映画監督)「弟の南朋はジャッキー、僕はブルース・リーが好きでした」

『星の子』が10月9日より全国公開予定の映画監督、大森立嗣さん

『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』など、数多くの人気番組を手がけてきたバラエティプロデューサー角田陽一郎氏が聞き手となり、著名人の映画体験をひもとく『週刊プレイボーイ』の連載『角田陽一郎のMoving Movies〜その映画が人生を動かす〜』。

今回は『星の子』が10月9日より全国公開予定の映画監督、大森立嗣(おおもり・たつし)さんにお話を伺いました。

* * *

――最初に見た映画はなんです?

大森 父親(俳優、舞踏家、演出家の麿赤兒[まろ・あかじ]氏)に初めて映画館へ連れて行ってもらったのは小学校低学年のときで、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1978年)だったんですけど、ほとんど寝たんですよね。だから、「お前とは二度と映画行かない」って(笑)。

――いい記憶じゃないんですね(笑)。

大森 その後、友達と一緒に見に行ったのが『あしたのジョー』(1980年)。けっこう感動した記憶がありますね。あとは、テレビで昼間にやっていた『大脱走』(1963年)とか『アルカトラズからの脱出』(1979年)も面白くて見てました。

弟の南朋(なお)がジャッキー・チェン好きで、僕はブルース・リーが好きでしたけど、兄弟で微妙に性格が違うのが表れてるんじゃないですかね。でも、中学生くらいからあんまり見ないようになっちゃって。当時、父親の仕事をあんまり好きじゃなかったんです。

――反抗期的な?

大森 そうですね。理解できないというか、表現することに対して「気持ち悪い」という感覚があったんです。高校生のときに『トップガン』(1986年)を見てエアフォースジャケットを着たりはしてましたけど、映画嫌いが治ったのは大学に入ってからなんですよ。

――それはどうして?

大森 大学に入った頃に阪本順治監督の『どついたるねん』(1989年)を見まして。その作品に父親が出ていて印象が変わったし、衝撃を受けました。それで映画を作るサークルに入ったんですが、次第に、今まで自分が見てきた映画が割と見やすいものばかりだったと気づいたんです。

『どついたるねん』みたいなアート系の映画を見たときに心がほぐされるというか、当時抱えていた生きづらさを解消してくれる気がして。

ちなみに、阪本監督は学生映画祭で知り合って、スタッフにしてもらったりと縁が深いです。一緒に遊んでくれたり、映画の話をしてくれたり、若い人と付き合ってくれて。今思うと大きな出会いでしたね。

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――阪本監督は映画『傷だらけの天使』(1997年)を撮られてますけど、僕、あの作品もすごく好きで。

大森 実は、初めて現場に参加した作品なんですよ。自分もちょっとだけ出演して、そのままスタッフとして東北まで移動したんです。この作品には原田知世さんも出演されていますけど、そのときの記憶があったから、今回の『星の子』にも出てもらいました。

――監督業を始めてから注目している監督や作品もお聞きしたいです。

大森 クリストファー・ノーランの作品には毎回ビックリさせられてますね。「これできねえな、悔しいな」って。しかも、タメなんですよ、へこみますよね。『ダークナイト』(2008年)も面白いし、『インセプション』(2010年)も最高でしたよね。本当に想像つかない。マネできない。

――できないって2種類の意味があると思うんです。頭の中がどうなってるのかわからないってのと、お金的にできないって意味で。

大森 両方、両方! 映画は映画だけど、完全に別物だなって思いますね。日本映画キツイなあ......って(笑)。

★後編⇒角田陽一郎×大森立嗣(映画監督)「強いメッセージを出さない作品も映画のあり方のひとつ」

●大森立嗣(おおもり・たつし)
1970年生まれ、東京都出身。主な監督作は『ゲルマニウムの夜』、『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』、『まほろ駅前』シリーズ、『さよなら渓谷』、『セトウツミ』、『光』『日日是好日』など

■『星の子』10月9日(金)より全国公開予定
?2020「星の子」製作委員会 配給:東京テアトル、ヨアケ

構成/テクモトテク 撮影/山上徳幸

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