コロナ禍にアップデートされる伝統芸能。転換点を迎えた、革命児たちの現在地は?

「客席にいたかつての自分を満足させ、いまの客をつかむために闘う。伯山先生のこの姿勢は、彼が敬愛する故・立川談志師匠とも通底するところです」と語る九龍ジョー氏

かつて香港には、無計画に建て増しされた魔窟、その名も「九龍(クーロン)城」と呼ばれる無法地帯があった。あらゆる裏稼業が軒を連ねたその建築物はでも、不可思議な秩序と調和を保って"好き者"たちを誘引した。

名は体を表すとはよく言ったもの。九龍城にあやかったペンネームを持つ『伝統芸能の革命児たち』の筆者・九龍ジョー氏は、伝統芸能というお題目のもと、歌舞伎、能、狂言、文楽、落語、講談、浪曲、新派、果てはストリップまで。果敢にジャンルを横断して、いち観客としての目線でシーンの最前線を書き、伝えてきた。

コロナ禍において、果たして伝統芸能は不要不急なものなのか? 「いつか見たい」を「いま見たい」に変えるためのエッセンスを聞く。

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――紙幅が限られるので、ここでは歌舞伎と寄席演芸に絞らせてください。

九龍 戦時中でも開いていた寄席がコロナ禍で閉まりました。歌舞伎座も同様で、伝統芸能の大きな転換点になることは言うまでもないと思います。客席からの景色を振り返ると、歌舞伎座と寄席は対照的でした。

8月に再開した歌舞伎座は静かだけど熱があるような。演目の時間を短くして、スタッフ総入れ替えの4部制。絶対に感染者は出さないという空気が客席に伝わってきて、妙な一体感がありました。

逆に、6月に一部開いた寄席は通常営業というか。もちろん客席を間引いたり、換気が頻繁にあったり、コロナ対策は万全でしたけど。「こんなときにわざわざ寄席に来て、寝てる客がいるじゃねぇか」って春風亭一之輔師匠が高座でいじっていたのが象徴的でした。寄席特有のユートピア感、いい意味で浮世離れした雰囲気をより強く感じましたね。

――客を入れての公演が一時的にできなくなった影響から、演芸コンテンツのネット配信が急速に増えました。

九龍 YouTubeを中心に多くのチャンネルが動きだし、手軽に演芸を楽しめるようになったことは大きな意味を持つはずです。ただし、生の舞台と配信とでは大きな隔たりがありますし、緊急避難的なコンテンツは間違いなく淘汰(とうた)されます。

新しい可能性を探して、配信だからこそ実現できるものを提示できるかが重要。その視点から考えると、松本幸四郎が手がけた「図夢(Zoom)歌舞伎」は先につながる新しい試みでした。映像ならではのアングルが工夫され、客席では体験できない歌舞伎が追求されています。

――歌舞伎の話題を挙げると、京都・南座で開催された『鬼滅の刃』とのコラボ展示が大きな注目を集めました。"鬼滅の歌舞伎"の機運も高まっています。

九龍 少年マンガの気宇(きう)壮大な感覚、例えば夕日を見たら走りだしたくなるような。あの物語性と歌舞伎の相性のよさを教えられたのが、2015年に初演された『ワンピース歌舞伎』です。

キャラクターそのものになりきる2.5次元舞台の発想ではなく、どうしたら歌舞伎に物語そのものを取り込めるのか。『ワンピース』の主題である仲間と継承って、実はものすごく歌舞伎的なんですよ。

たとえ澤瀉(おもたか)屋の市川猿之助が、視覚的にはルフィに見えなくても成り立たせてしまう度量こそ、歌舞伎というジャンルが江戸時代から培ってきた強みだと思います。『ワンピース』の成功があって、『NARUTO』や『ナウシカ』も歌舞伎として受け入れられましたから。

――寄席演芸について。今年最大のニュースといえば2月、講談師・神田伯山の六代目襲名と真打昇進。本書には二ツ目(松之丞)時代からの軌跡が丹念に綴(つづ)られています。

九龍 室町時代に能を確立させた世阿弥(ぜあみ)の言葉で"離見(りけん)の見(けん)"というのがあって、つまり演者自身を客席から客観的に見ること。

伯山先生はそのまなざしが鋭くて、かつて客席にいた自分を満足させるために新しい工夫を重ね続けています。言うなれば"離見の俺"と常に闘ってきたんです。

彼が敬愛する故・立川談志師匠とも通底するところで、いまの客をいかにつかむのかを突き詰めてきた結果、徹夜組まで出る襲名披露の熱狂を巻き起こしました。テレビやラジオ出演も、すべては高座のために。このひたむきな姿勢に、客は魅了されるのでは。

――YouTube『神田伯山TV』は登録者数16万に迫り、ギャラクシー賞(フロンティア賞)を受賞するなど、革新的な内容が高く評価されています。

九龍 伯山先生の妻である古舘さんの提案からスタートして、僕も監修という立場で関わっています。当初は新宿、浅草、池袋で開催される30日間の披露興行を撮影して、どこかのタイミングでまとめて配信する計画でしたが、編集を担当した岩淵弘樹が「どついたるねん」というバンドの365日動画を制作した経験があって。

だったら毎日上げようとなり、これは伯山先生のアイデアで二ツ目の番頭さんたちにカメラを託しました。演者でもある番頭さんが楽屋裏を撮影することで、先ほど話した寄席のユートピア感がまざまざと伝わってくるんです。

30日間の連続配信が起爆剤となり、間髪入れずに全19席の連続物やオンライン釈場など、講談の"沼"に引き込むコンテンツが更新され続けています。客を高座に呼ぶためのチャンネルであり、選(よ)りすぐられた芸を残していくアーカイブスとしても後々の財産になるでしょう。

――インタビューの冒頭に「転換点」という言葉がありました。令和の伝統芸能のこれからを、どう考えますか?

九龍 伝統芸能の多くは、江戸の終わりから明治にかけて整備され、昭和の頭に確立したものです。いわゆる"昭和の名人"と呼ばれるような人たちを通して、談志師匠が言うところの「江戸の風」を感じることもできました。

でも、その名人たちを直接知る世代も去ると、芸についてエビデンスというか、裏づけを持って語ることが難しい時代になります。これは危機であると同時に、より実力本位になるという意味ではチャンスなんですね。

実際、新しい感覚でジャンルと向き合い、闘っている演者がいまの客をしっかりつかもうとしています。常に誰かが新しい客をつかんできた歴史=伝統と呼ばれる所以(ゆえん)であり、絶え間なる革命があったはずです。

コロナの危機を乗り越えて、伝統をまた未知の領域にアップデートできるのか。試行錯誤が続くいまだからこそ、客席に足を運んで、未来の名人を探してもらえればと願います。

●九龍(クーロン)ジョー
1976年生まれ、東京都出身。ライター/編集者。自主レーベルErrand Pressの相談役。リトルプレス『Didion』の編集発行人。著者に『遊びつかれた朝に―10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(磯部涼との共著)、『メモリースティック ポップカルチャーと社会をつなぐやり方』がある。現在、YouTube『神田伯山TV』『かずたろう歌舞伎クリエイション』『歌舞伎ましょう』の監修を務めている。Twitter【@wannyan】

■『伝統芸能の革命児たち』
(文藝春秋 1500円+税)
登場する芸能者は歌舞伎の市川海老蔵、能の梅若実、狂言の茂山千之丞、文楽の竹本織太夫、落語の立川吉笑、講談の神田伯山、浪曲の玉川太福、新派の河合雪之丞、ストリップの武藤つぐみなど、総勢36名に及ぶ。これから花開く未来の名優/名人たちと、同時代を生きられる幸運を感じずにはいられない。ポップカルチャーを主戦場に、あらゆるジャンルの最前線を追いかける"令和の見巧者"による、初心者にも優しい手引きとなる一冊
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撮影/河西 遼

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