正月映画『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』監督・谷垣健治が語るカンフーの国の冒険【前編】「香港映画のスタントマンになりたくて、ジャッキー・チェンに『僕の技を見てください!』って押しかけてみたけど......」

01_前編扉.jpg
2021年1月1日より全国公開される『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』は、いまやアジア圏のみならず世界的なスターとなったドニー・イェンを主演に据え、香港と日本を舞台にくりひろげられるアクション・コメディである。

注目すべきは、本作のメガホンを握ったのが日本人であるということ。これは、香港映画史上初のことだ。

その名は谷垣健治。ジャッキー・チェンに憧れて22歳で単身香港に渡り、ツテもコネもビザすらもないところからスタントマンとしてキャリアを積み上げていった彼にとって、本作はひとつの到達点であろう。夢をかなえ、なおも夢をふくらませつづける快男児を直撃し、その人生と新作の魅力に迫った!

■アクション一筋の人生

『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』は、香港映画の撮影シーンから始まる。マットへの着地を練習したり、殺陣の段取りを確認したりするスタントマンたち。打ち合わせもろくにないまま跳び降りスタントをやらされるヒロインのホーイ(ニキ・チョウ)。どことなく往年の「巨匠」ロー・ウェイを連想させる劇中の監督は、ディレクターズチェアに腰をうずめて居眠りしている――映画監督にして生粋のスタントマン・谷垣健治の映画人生もまた、こうした埃っぽい撮影現場で彩られている。

谷垣「アクション愛だけでやってきましたからね。スタントの話で言えば、僕も現場の成り行きで5階からの跳び降りをやったりなんてこともあったし。本作で、自分の体験をモデルにしたところはありませんが、これまで見てきたもの、知っている世界が自然と出ていると思います。監督をやらせてもらうからには自分を育ててくれた香港映画に恩返ししたい気持ちがありました」

谷垣と香港映画との出会いはおよそ40年前、彼が小学生だった頃にまでさかのぼる。ある晩、テレビでジャッキー・チェン主演『スネーキーモンキー 蛇拳』(1978年)を観た谷垣少年は、カンフーの世界にすっかり魅了されてしまった。もちろん、そのくらいなら当時の小学生からしたら"あるある"な話かもしれない。『蛇拳』を観れば、蛇の口を模した手ですばやく卵をつまむ程度の真似はしたくなるものだ。しかし、谷垣が受けた影響はそんなものではなかった。

谷垣「『蛇拳』では主人公が修行して技を身につけていく場面がありますよね。僕はまだ子供だったから編集やカット割りなんてものを知らなくて、ジャッキーも本当にこうやって強くなったんだ、と信じこんでました。次の日からは、休み時間も放課後も特訓特訓また特訓です。近所の児童センターに跳び箱やマットがあって、自由に使ってよかったのでそこで前宙やバック宙の練習をして遊んでました。全部見よう見まねです。新しい映画やビデオを観たら、友だちと研究してアクションを真似る、その繰り返し。『プロジェクトA』(1983年)のビデオなんか100回は観たんじゃないかな」

ドニー・イェンが映画で太っている役柄を演じるのは本作が初めて

■ジャッキー・チェンの言葉に奮起

仲間たちが一人また一人と別の興味を見つけてフェイドアウトしてゆくなか、谷垣少年は香港アクション映画への一途な愛をつらぬいた。東京から奈良へ転居後、高校では少林寺拳法部に所属し、「ジャッキー・チェンのとは、なんか違うなあ」と思いつつも技を磨いた。大学受験は持ち前の集中力を発揮して関西学院大学の法学部に現役合格。それから間もなく、彼の人生を左右する二度目の決定的な出会いが訪れる。

谷垣「受験が終わったら自分の好きなことをやろうと決めてたので、春休みに初めての香港旅行へ行きました。その時に『奇蹟 ミラクル』(1989年)の撮影現場を見学できたんです」

『奇蹟 ミラクル』は監督としてのジャッキー・チェンがそれまでと違って(それまで以上に?)ストーリーを重視して撮った大作だ。ポスターからして新機軸っぽいし、20世紀初頭の香港を再現したセットがすごい。もちろん、主演もジャッキーだ。

谷垣「超豪華な室内セットに度肝を抜かれたし、ジャッキーが自ら指示出したりカメラ操ったりしてるのに感動しました。それまでは、監督なんて名ばかりなんだろうと思ってたんです。アクションシーンでもないのに大勢のスタントマンがジャッキーをサポートしてて、現場の熱気に圧倒されました。しかも僕たちファンに対してすごいオープンで。食事の時間になったら弁当まで配ってくれる。香港映画ってこんなにスゴいんだ。自分もここで仕事したい、と思いましたね。あとから思うと、ジャッキー映画の撮影だからすごかっただけなんですけど(笑)」

自らの歩む道を決めた谷垣は帰国後、"和製ドラゴン"こと倉田保昭が主宰するアクションクラブの門を叩く。あのブルース・リーにヌンチャクをプレゼントした逸話を持ち、サモ・ハン監督の『七福星』(1985年)では釵(サイ)を操ってジャッキーを負かした倉田。彼は日香アクション映画の架け橋といえる存在だった。

谷垣「倉田アクションクラブではまずひたすら受け身を練習し、体操、空手、木刀の使い方、やられ方のリアクションなどを学びました。一言でいうと、本物よりも本物っぽく見えるアクションです。ここで学んだことが後々どれほど役に立ったか、はかり知れないくらいです。だけど、日本で紹介してもらえるアクションの現場は、時代劇とかショーがメイン。僕はどうしても香港映画がやりたかった。悩んだ末、とりあえずもう一度香港に行ってみることにしました」

ドニー・イェンの右腕として香港アクションのエッセンスを吸収した谷垣監督。その成果は日本映画にも還元されており、アクション監督を務めている映画『るろうに剣心』シリーズの大迫力のチャンバラアクションは、彼なくしてありえない

驚くべきことに1991年の二度目の香港旅行で、谷垣はジャッキーその人を事務所前で待ち伏せて強引に会ってしまう。「スタントマンになりたいです、技を見てください」と訴え、必死に宙返りやきりもみなどを披露する谷垣に、ジャッキーは「スタントマンは危険だし、仕事は少ないから日本で他の仕事を探すように」と現実的なアドバイスをくれたという。大スターらしく「僕が日本で撮影する時は、必ず君に手伝ってもらうから」と夢を添えることも忘れずに、だ。体よく追い返されただけのようにも見えるが、生来負けん気の強い谷垣はむしろ奮起。香港で映画の仕事をする決意はさらに揺るがないものになった。

この時の旅行では、情熱面以外にも収穫があった。漢字文化圏の人間の強みを活かし、映画関係の求人広告を読んで生活の胸算用を始めていたのだ。

そして大学卒業後の1993年6月、所持金50万円で単身、香港に渡るのだった。安宿に寝泊まりし、情報の集まる店や公園で広東語を実地に学びながら映画の仕事を探す毎日。

谷垣「香港の人たちは本当によくしてくれました。よそ者に冷たくしないからね。自分たちも昔はよそ者だったんだから、新たに来る人を受け入れる土壌があると言いますか。

ちょっと想像してみて欲しいんですが、日本で海外の人がいきなり会社に来て『日本語分かりませんが働きたいです』って言ったら、受け入れますか? まあ普通は門前払いですよね。僕があの頃やってた仕事探しも似たようなもんだけど、香港の映画界は入れてくれたんです」

■ドニー・イェンとの運命の出会い

間もなく週に3、4回のペースでなんらかの撮影現場に呼ばれるようになった。はじめはエキストラばかりだったが、やがて憧れのスタントも任されるようになる。そして香港滞在一年目にして、日本人として初めて香港映画のスタントマン組合である『香港動作特技演員公會(通称、武師公會)』の正式メンバーに迎えられた。晴れて香港映画の「武師」(スタントマン)になったのだ。

ドニー・イェンと知り合うのはその翌年だ。

当時のドニーは一部で実力が認められつつもまだ出世作に恵まれない状況。そんな彼が主演に抜擢されたTVシリーズ『精武門』(1995年)の撮影現場に谷垣が呼ばれたのだった。なお、『精武門』はブルース・リー主演第二作『ドラゴン怒りの鉄拳』(1972年)のリメイクだ。

ときには敵役の俳優として、ときには主人公のスタント役(二人は身体つきが似ていたそうだ)として、持ち場にとらわれない働きをする"ケンジ"はすぐにドニーの信頼を勝ち得た。

谷垣「この『精武門』が当たってドニーの人気は一気に上がりました。その後ドニーが監督・主演を務めた『ドラゴン危機一発'97』でも僕は撮影に参加しました。
何がうれしかったかって、映画の現場を始まりから終わりまで経験するのは初めてなので、その中でドニーから映画のつくり方をリアルに学べたことですね。編集の細かいことや、見てるだけではなかなか学べないことまで。まさに「オン・ザ・ジョブ・トレーニング」です。後に僕も監督をやるようになりましたが、必要なことはほとんどすべて、ドニーから教わったようなものです」

ドニーは『イップ・マン』シリーズ(2008年〜)の成功で「宇宙最強」の称号を得るまでにブレイクする。ハリウッドにも進出し、いまでは押しも押されもせぬスターだ。谷垣は彼のスター街道の要所要所で参謀役を果たしてきた。師弟、兄弟分、そして友人。新作『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』は四半世紀に及ぶ、ふたりの絆の賜物なのだ。

【後編は21年1月2日に配信します】


04.jpg
●谷垣健治(たにがきけんじ)
1970年10月13日生まれ。奈良県出身。1989年に倉田アクションクラブに入り、1993年に単身で香港へ渡る。香港スタントマン協会(香港動作特技演員公會)のメンバーとなり、ドニー・イェンの作品をはじめとする香港映画にスタントマンとして多数参加。2001年に香港映画『金魚のしずく』でアクション監督デビュー。近年の主なアクション監督作は『るろうに剣心』シリーズ(12年、14年)、『新宿スワンII』(17年)のほか、『るろうに剣心最終章The Final/The Beginning』(21年春予定)や『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』(21年公開予定)の公開も控える

05.jpg
『燃えよデブゴン/TOKYO MISSION』
2021年1月1日(金・元日)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
監督:谷垣健治
脚本:ウォン ・ジン 
出演:ドニー・イェン、テレサ・モウ、ウォン・ジン、ニキ・チョウ、竹中直人、
丞威、渡辺哲ほか
上映時間:96分

●イントロダクション
熱血刑事フクロン(ドニー・イェン)は、事件を追うあまり大切な約束をすっぽかし、婚約者に見放されてしまう。さらにその事件をきっかけに現場から証拠管理の部署へ異動。やけっぱちに暴飲暴食に走るフクロンは、半年後、ポッチャリ刑事"デブゴン"になってしまった。容疑者を護送するミッションを課せられたフクロンは日本へ。現地の遠藤刑事(竹中直人)と協力し、東京の各地を捜査するうち、ある陰謀が浮かび上がる。太っても並外れた身体能力と正義に燃える心は消えていない! 熱血刑事フクロンがいま立ち上がる!!

(?2020 MEGA-VISION PROJECT WORKSHOP LIMITED.ALL RIGHTS RESERVED.)

取材・文/前川仁之 撮影/榊智朗

関連記事(外部サイト)