主人公は大泉洋で“あてがき”した作家・塩田武士の野心作『騙し絵の牙』「大泉さんも『これカッコイイね』って…」

主人公は大泉洋で“あてがき”した作家・塩田武士の野心作『騙し絵の牙』「大泉さんも『これカッコイイね』って…」

新聞記者から作家に転身した塩田氏

『罪の声』で2017年本屋大賞第3位を獲得した塩田武士の最新作『騙し絵の牙』は、企画、ストーリーの両方で「メディアミックス」を意識した、従来の出版業界の枠組みを飛び出すような野心作。最初から映像化を見据え、プロット創作の段階から作家と出版社だけでなく芸能事務所や俳優・大泉洋が参加し、さらにはストーリー内でも主人公は出版業界を揺るがす新たな枠組みを生み出していく。

物語の主人公、大手出版社に勤めるカルチャー誌『トリニティー』編集長の速水は、ユーモアでウィット溢れる語り口が魅力の“どんな人をも虜(とりこ)にする”不思議な男――。それもそのはず、速水というキャラクターは俳優・大泉洋を完全に“あてがき”しているのだ。お茶の間に愛される独特の口調からマニアックなモノマネまで盛り込み、読めば自然と大泉洋が動き出すイメージが浮かぶはず。

「雑誌の廃刊」「ネットへの移行」など出版業界の低迷をリアルに捉えたこの作品、これは他人事ではない!?と、作者の塩田武士さんに直接お話を伺うことに! 

主人公の速水同様、新聞記者から作家に転身し、綿密な取材で「社会派」作家として活躍する塩田さんに今回挑んだ新たなプロジェクトについて前編記事に続きお聞きしたところ、本が売れないと言われる時代に生きる作家としての覚悟が明らかに――。

* * *

―新聞記者は登場人物としてもよく出てきますが、当然、記者時代の経験は大きい?

塩田 すごく大きいです。サツ回り、裁判、芸能、囲碁将棋、クラシックなどいろんな記者クラブを経験して、あの10年の記者生活がなければ小説家にもなれていないと思います。僕は19歳から小説の新人賞に投稿をしていて、本当に動機が不純ですが社会勉強のために新聞記者になったんですね。だから最初の取材ノートから、作家になって読み返せるようにすべて目次入りで残してあって。ただ、字が汚くて4割ぐらいしか解読できないという(笑)。

―(笑)そういう意味で『罪の声』が構想15年かかったというのは、そのプロセスがあっての欠かせない準備期間だったわけですね。

塩田 そうですね。あの作品は自分の中で最大のテーマだったので、これでコケたら終わりだと思ってましたし、本当に信頼している担当編集者に「そろそろ社会に向き合って書くべきなんじゃないか」と言われて始まったんですけど、同時に「もう(作家生命が)危ないですよ、塩田さん」っていうプレッシャーもあって(苦笑)。連載の仕事は口約束なんで「こいつはアカン」となったら本当に一気に仕事がなくなるんですよ。

―出版業界だけでなく、作家という生業もシビアですよね…。

塩田 7作目の『氷の仮面』はすごく自信があったんですけど、その売れ行きがダメだった時に「いいものを書けば気づいてもらえる」という甘えは捨てないとあかん、創作も販売促進も100%考える厳しい時代に生きているんだなと。それは二律背反じゃないんですよね、「銭勘定が卑しい」という時代は終わってるので。だから『罪の声』ではどの層に読んでもらうかも決めていたし、どう展開を仕掛けるかも出版社と一緒にやっていきました。

今は読者にとって、選択肢が昔と全然違うと思うんです。同業のライバルというより、時間の奪い合いになっている。SNSやスマホのコンテンツからどうやって時間をいただき、単行本のために1600円払ってもらえるかということなんで。

―では、自分の中でもマネジメント的な頭もあって、大泉さんで『ダ・ヴィンチ』で連載という形だといろんなことがハマるなと、ある意味、計算みたいなものも?

塩田 それもあったんですけど、実はまずこの企画って、担当編集のMさんが2013年に持ってきてくれたんです。4作目の『崩壊』の発売の後ぐらいで、僕が全く売れてなくて注目も浴びていない、箸にも棒にもかかっていない時に信じてくれて、彼女の最大のネタを持ってきてくれたというのもひとつ大きくて。

本当にもう運ですね。何かが動く瞬間って磁場みたいなものが発生してスーッと人と事柄が寄ってくるみたいな感覚があって、それはまさにこの時もそうで。

まず、『ダ・ヴィンチ』という漫画や音楽まで幅広く扱う媒体での連載で、文芸村の僕が全く付き合ったことのない、いわゆるアウトサイダー的な編集者が担当してくれたのもそうですし。まぁ、最初に「大泉さんであてがきしてほしい」と言われた時は、僕も芸能記者の時にその難しさは経験していたし、わざわざ京都まで来てとんでもないほら吹きやなと思いましたけど(笑)。

















―(笑)その『ダ・ヴィンチ』で月イチの連載で進むと当然、反響があったり周りからの意見も入ってくる中で、その影響は…最初と最後の視点で大逆転があるわけですが、それも予定通り?

塩田 それは最初からですね。主人公は最初と最後に笑顔を見せますが、同じ笑顔でも全く意味合いの違うものにしてほしいと言われていたんです。それは大泉洋という人の魅力を書き、さらに今までにない魅力を書くことだと解釈して。プロローグは今までの大泉洋、エピローグは今までにない大泉洋ってことで、1本スッと軸が通っていたという。

―なるほど。では、それでタイトルに関しても「騙し絵」ですぐに思いついた?

塩田 すぐです。いろいろ浮かぶ中で一番しっくりきたのが「どちらも真実」だという騙し絵を見た時の感覚で。人間は人間を「悪い人」「いい人」と一面で見ようとするけど、でももっと多面的で、白黒なんて存在せずグレーの濃淡なんだっていう。それを表現したい気持ちがあって、天使や美人が描かれているようでいて、パッと1歩引いたら牙が生えているみたいな、そんな騙し絵のイメージはすごくしっくりくるなと。

大泉さんも「これカッコイイね、騙し絵の牙…、騙し絵の牙」って何回も言ってましたね(笑)。

―では基本的に連載の流れの中で、大きなところは変わっていないわけですね。

塩田 そうですね、より登場人物のメリハリを際立たせるために改稿はしてますけど、基本路線は変えてないですね。バサッと切ってリズムよくしつつ、最後のアイデアは、より実現可能なものを増やしていますけど。

―確かに、これを読んで現実的にメディア変革が起こりそうな怖さを感じました。

塩田 僕は山崎豊子さんに憧れているんですけど、作品を読んでると、小説の後に現実が追いついてきて「なんで予言できたんですか?」ということがよくあるんです。それぐらい取材していて本質を書くんですよ。起こり得ることを書くから、起こっても不思議ではないという、社会派小説家の鏡ですよね。

『罪の声』でもシンドイ時に山崎豊子展を観に行って、そこで大量のカセットテープの山を見た時に、自分はなんて楽をしてるんだと。『不毛地帯』だけで377人の取材をやっているし、『大地の子』では3年間、中国に住んでいる。そういう徹底した“鬼の山崎”だったと知ると、やってると思ってたけど自分はまだまだだと。半歩でも追いつきたい気持ちはありますね。

―とはいえ、ご自分も『盤上のアルファ』は忙しい新聞記者の傍らで執筆されていたわけで、どうやったら可能なんでしょう!?

塩田 まず、諦めないことですね(笑)。もちろん、いつも呼び出されるから休みの日しか書けないし、サツ回りの時は4時間しか寝られないので書けなかったですけど、その時はアイデアをずっとメモって。新聞って書いていないことのほうが圧倒的に多いから。被害者は完全な被害者として、加害者は完全な加害者として出ている。でも全てがそうではないんですよ。だからそこを小説で書けるというのがあって、メモしつつ…。

―その物事の裏であり、盛り込めない部分を書きたいという思いが溜まっていった?

塩田 結局、新聞記事はきれいに整理された情報で、そういう役割は必要だと思う半面、これだけだとまずいなと思うのもありましたし。今、ジャーナリズムに関して『後報』という短編シリーズを書いていて、「誤報の“後”に真実はある」という、訂正記事の後に見えることが大事なんじゃないかということがテーマで。これは記者を辞めてから改めてジャーナリズムというものを考えた上で、ひとつの軸になりつつあるアイデアなんです。

















―ジャーナリズムの視点は作家としても当然、必要なもの?

塩田 はい。現代において当然考えるべきものだと思っていますし、ジャーナリズム、メディアの変遷は僕にとっても非常に大事なものになっていて。小説は自分の表現ができるという自由がまず根本にあり、その自由って本当に大事だなと。文化は自由を土台にして生まれるし、その自由を守るのがジャーナリズム。そこの部分で、好きな小説を書くためにジャーナリズムの視点は大事だということに繋がるんです。

山崎豊子、松本清張、司馬遼太郎は戦争を背負った世代だというのが作品からにじみ出ている。じゃあ我々の世代はというと、情報を背負う世代だという認識があるんです。出版社や他の業界が今、なぜこうなっているのかを考えていくと、情報革命が起こっているというのが元なんです。それで流通から何からシステムがガラッと変わってしまって、各業界でひずみが出ている。

その時代に生きている作家として、そこは逃げちゃだめなんじゃないか。むしろそこを描くことが「社会派」を名乗るってことなんじゃないかと。だから今作も「出版社がいらないんじゃないの?」というところまで踏み込んで、実現可能なものを並べている。現実がひょっとしたら追いつくかもしれないという怖さも感じてもらえればと思いますね。

―それは怖さでもあり、逆にその中にいる当事者として希望でもありますよね。生き残ってサヴァイヴするために今までの常識から転換するという。

塩田 本当に希望って大事で。今の小説の業界に足りないのは期待感で、もっと新刊が出る時に「おおーっ」とワクワクする感じを取り戻したいというのがあって。僕は本当に小説が好きで、ここでも書いてますけど小説って伝統芸能みたいな「活字で物語を書いていた小説家なる人物がおりまして…」みたいなのじゃなくて(笑)、活字だからこそ、頭に浮かぶ大泉洋が面白いという、それが小説の豊かさでもあると思ってます。

今回の取材で得たことのひとつに「行間を読むというのはどういうことか」ということがあるんです。「読んでいる時に、ふと考え事をしている時がないですか?」と聞かれて、確かに文章に触発されて考えていることがあるんですよね。すると「その考え事をしている時が行間を読んでいる時間です。それが小説の豊かさなんです」と。なるほど、これは豊かだと。

―映画やドラマのように一方的に与えられるものとは違いますよね。

塩田 そうなんです。なぜ小説が豊かかというと、時間をこっちがコントロールしているからなんですよ。情報を受け取るメディアは今すごく発達しているけど、それは能動的に時間を操って、ものを考えるメディアではない。時間をコントロールすることが、いかに豊かかということですよね。それにより書き手は深い物語を書けるし、読み手はひとりひとり浮かぶ画が違う。

だから「既製品なのか、オーダーメイドなのか」の差ですよね。この生地を使ってどう考えるかという。そういう意味で、小説ではオーダーメイドのイメージを作れる。読み手が考えることで自分にフィットした物語になるというか。その「考える」という部分が小説というメディアにはあって、それが小説の豊かさであると思っています。

(取材・文/明知真理子 撮影/利根川幸秀)

●塩田武士(しおた・たけし)







1979年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院大学社会学部卒。新聞社在職中の2010年『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。2016年『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞、「週刊文春」ミステリーベスト10で国内部門第1位、2017年本屋大賞では3位に。他の著作に『女神のタクト』『ともにがんばりましょう』『崩壊』『盤上に散る』『雪の香り』『氷の仮面』『拳に聞け!』など。

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