語っていいとも! 第47回ゲスト・家城啓之「芸人やめて脚本・演出家になりますって言った瞬間から餌食みたいな…」

語っていいとも! 第47回ゲスト・家城啓之「芸人やめて脚本・演出家になりますって言った瞬間から餌食みたいな…」

元お笑いコンビ「カリカ」、ピン芸人・マンボウやしろとして活躍。脚本・演出家の家城啓之さん

あの国民的バラエティ番組のスピリットを引き継ぎ“友達の輪”を!とスタートした『語っていいとも!』。

第47回のゲストで女優・グラドルの片山萌美さんからご紹介いただいたのは脚本・演出家の家城啓之(やしろ・ひろゆき)さん。

…という本名より、元お笑いコンビ「カリカ」で活躍、その後、ピン芸人・マンボウやしろとして吉本の“ブサイク”芸人ランキングで3年連続1位となるなど異形キャラでも知られるはず。

昨年7月に突然、芸人引退を宣言、舞台やコントを中心に脚本・演出の肩書きに専念し、その異才を発揮しようとしているがーー。(聞き手/週プレNEWS編集長・貝山弘一)

―いきなりですが、実は勝手にご縁を感じていまして。

家城 はい、なんでしょう。

―めっちゃ神保町で歩いてますよね?

家城 めっちゃ歩いてます(笑)。すぐそこのマンションなんで。10分前、シャワー浴びてました。

―そんな目の前のとこだったんですか!?

家城 はい。うろうろしてます。もう、昼も夜も。

―てっきり、神保町花月があるからかなとか。明治(大学)御出身なんで、昔から御茶ノ水近辺をテリトリーにしてるのかなと思って。

家城 あはは(笑)。住んでるんですよ。神保町住みます芸人みたいな。

―吉本的には(笑)。

家城 はい。吉本の東京本社も昔、神保町にあって、それで劇場もできたりとか…あと、僕、半蔵門のTOKYO FMでずっと長く帯の番組やってて。割とこの辺が多いなって、8年くらい前に引っ越してきて。

―それはすれ違いますよね(笑)。よく古書店でも探索してる姿を見かけられたり…。

家城 たまに(笑)。最近行ったのがエロ本だったんで、今ちょっと動揺した…。そん時に偶然見られてたらヤバいっすね(笑)。

―あははは。いや、そこまで追っかけてはいませんけど。では、うちの会社も身近な感じで。

家城 その角に立って、たまに見てます。あの通り沿いのパネル変わったなとか。両さん、帰ってきたなとか。

―“こち亀”のポスターが貼られてチェックしたり? そんな集英社ウォッチャーだったとは(笑)。で、実はそれ以外も勝手にご縁を感じているのが『月を超えて』を観に行かせてもらってるんですよ。

家城 あ、本当ですか? 神保町花月の…ありがとうございます。2年前ってことですか。

―一昨年の暮れくらいですよね。それに片山萌美ちゃんがヒロイン役で出てるってことで観に行って。普段、割と舞台も観るほうなんですけど、面白かったです。

家城 本当ですか? あれは自分的にちょっといろいろ引っかかりがあって…。でも嬉しいです。

―いや、正直、当初の期待値がそれほどでもなかったというか。どんなもんなの?って感じだったので…。

家城 わかります。いまだに吉本でそんな神保町に劇場あるんだって、まず言われますし。芸人がお芝居やってるんだ?みたいな感じで言われることが大半なんで。確かに、だいぶハードル下がった状態ですから(笑)。

―まぁ実際、メジャーから小劇場まで有象無象いろいろあるところでね。もちろん何かしらの発見もあるわけですが…その中で本当に面白かったんですよ。で、終わって片山さんに挨拶しにいった時、そう伝えたら、脚本と演出がマンボウやしろさんなんですよって話になって、すごく印象に残ってたんです。

家城 ありがとうございます。

―しかも、去年の夏に芸人を引退してそっちに専念されるということで。今回また彼女から繋がって、そのタイミングでお話しできるのが、ほんと縁を感じて…長々と勝手に愛の告白でもないのに伝わりました?(笑)

家城 あ、伝わりました(笑)。ありがとうございます。

―ちなみに、人見知りだったり、風貌とかも含めて難しい人なんじゃないかって思われたりは…?

家城 思われます(笑)。でも人見知りではないと…で、最近すごい思うのは、アンダーグラウンドなことを詳しいっていう体(てい)でいろんな仕事のオファーきたりとか。でも僕、全く知らないんですよ。

―そうなんですか? 確かに、アングラ系な印象に見えがちですけど。

家城 すごいカルチャーに詳しいみたいな感じで言われるんですけど。僕はたぶん、自分の思考自体がリアルに活動してる中でそっちっぽいものとか雰囲気を作ってただけで、アングラの何かに憧れてとか影響受けてとか全くないんです。なのに、最初の頃から「あいつ、アングラの変な難しいやつだな」っていう感じで言われますね。

―舞台とかそっち方面にいくのも、寺山修司や三島由紀夫とか好きで傾倒してたんじゃないかとか。古本屋で見かけるのも昔の戯曲なんかを探してるのかなってとこで…エロ本探してるとは思わないんで(笑)。

家城 ははは(笑)いや、全くね。でも、髪とかも面倒くさいから切ってないだけで。

―そういう芸術家的なキャラ志向があるのでは?ってね。あと、美輪明宏さんみたいな耽美な世界とか。美輪さんは演劇もやられてますし。

家城 (笑)でも美輪さんなんか好きですね。舞台観にいきたいなとか。思ってても、今までないですけど。観たら好きだろうなって。寺山修司さんの言葉だったり、作品だったりも、なんか人がたまにくれたりするので、見るといいなって思いますけど。思春期とかでも全く通ってないですし。

―では、そもそもお笑いありきなんですか? コント作るとか、ネタを作る発想が今に至るクリエイティブな活動に…。

家城 そうですね。元々、コント作ったり、やったりするのが好きで。で、相方が先にやめてしまいまして…ひとりになってタレントとして割り切って、いろいろやろうと思ったんですけど、それはそれですごい大変で。みんな、やっぱちゃんとやってんだなって、改めて思ってしまい。いざ仕事もらっても、ひとりだとあんまり楽しくなくてですね。

コンビだと、楽屋でぶーぶー文句言ってたり、現場行ったりしても面白いことをふたりで笑うとか、ふたりで作るとかがあるからやれてたんだなって。ひとりで現場に行って、ひとりで戦って帰ってくるっていう作業が全然面白くなくなっちゃいまして。

―「誰かと何かを作り上げてる自分が楽しかったんだ」みたいな?

家城 そう思いました。で、あと自分の中で楽しいのは何かなって考えた時に昔からものを考えたり、書いたりするのは好きだったんで。コントやる楽しさはもうないけども、そういうのはありがたいことに残っていて。だったら、これを職業にしたほうがいいな、芸人やめたほうが早いなっていう感じで。















―お笑いをやるきっかけもそういうことだったんですか? いろいろ想像したりシュールなアイデアが普段から浮かんだり…。

家城 全然です(笑)。単純に楽で、お金もらえそうで。僕が思春期にTVで観てた人たちが、すげー楽に金儲けしてる風にしか見えなかったんです。

―ははは(笑)。ああいう大物の方々がね。

家城 はい。好き勝手喋って、女にもてて…で、お金もらってTV出てチヤホヤされてるみたいな。いや、こんな楽そうな商売あるのかって。お芝居なんか勉強しなきゃいけないし、歌もうまくなきゃいけないけど、別になんの準備もいらなくねぇ?って。本当にそれだけでしたね。

―そう見えたんですね、羨ましい仕事に違いないと。では、ありがちなパターンとして、子供の頃、学校でなんか面白いこと言ったら、すごいウケて人気者になって味をシメたとかでもない?

家城 全くないです。芸人同士でよく話してて面白いなぁって思うのが、お笑いに助けられたっていう派閥とお笑いに対して愛のないチームに分かれるんですね。僕はお笑いは大好きなんですけど、お笑い最強説とか命救われたみたいなのをバカにしてましたから。

―どちらかというと、お笑い信奉者のほうかと。

家城 全然です。実際、飛び込んでみて「お笑い楽しいな、難しいな」とか、芸人同士の付き合いっていいなみたいな感じにはどんどんなりましたけど。

始めの頃は、芸人がどうやって生きたほうがいいかとか、先輩に無理矢理借金作らされたりとかワケわからんかったし。僕、親死んだばっかで吉本入ったんですけど、その死んだ親をいじられたりとか「気が狂ってるのかな」って思うのがほんと数年間続いて。

でもみんな辞めてく中で、なぜか残って、気がついたらメンタル強くなってて。なんでも言い合えるし、なんでも笑いあえるみたいになりましたね。

―そこは又吉(直樹)さん的世界というか『火花』的な感じですね。

家城 だからわかります、あの感じもいいなって。又吉とも結構仲良かったんですよ。その本の中のエピソード、いくつか家城さんとのやつなんですって、売れてから言ってくれたから、印税何%か俺にくれって言ってるんですけど(笑)。

―それ、みんなにあげてたらきりがないですよ(笑)。

家城 まぁでも、あれはほんとそういう時代だったっていうか。先輩後輩で先輩の言うことは絶対でとか。みんなそうじゃなきゃいけないみたいな。又吉は主人公を自分として書いてると思いますけど、やっぱり本当にお笑いが好きなんだなって。

でも僕は別にお笑いがなきゃ生きていけないとは全く思わないですし。10年くらい前から、そこまで縦が厳しいことが逆にカッコ悪いというか。

―しかもピン芸人になって、だんだん面白くないし無理してやってるのがしんどいみたいな?

家城 そうですね。だったら、話作ってるのが面白い。面白いことやったほうがいいなって感じで。

―自分では昔から文章書きたいとか物作りにこだわりは…それこそ小説書きたいとか?

家城 今はそれも思いますけど。話考えてるのだけが好きで。というか、楽しいですね。気がついたらずうっと布団の中で、さっきまでお金のこと考えて寝れなかったのに、こんな話面白いなって…時計見たら3時間とか4時間経ってるの見て、一銭も使わないで楽しかったってすごいよなと思うんですよ。人間の脳みそって。

―同じ時間パチンコやってたら、だいぶすってるかも(笑)。

家城 はい、結構な額になる(笑)。そこで、結局起きてそっからお酒飲んじゃうとかするんですけど。でも、そんだけ興奮できる楽しい時があるんです。

で、僕もそれなりにイイ生活したいし、その考えたものを多少は世に発表したいって気持ちはあるんですけど、それを文字にしたりするのが本当にイヤで面倒くさいなぁって。その考えた時の喜びみたいなのにはもう勝てないから。

―確かに、それを形にするのが誰しも苦労するところで。でも、その脳内イメージのスペースオペラ的なものが舞台や脚本に反映されてるんだなと。『月を超えて』もね。

家城 ありがとうございます。あれも始めはライトノベルにしようみたいな話があって、頓挫(とんざ)しちゃったんですけど。考えてる時は楽しかったですね。

―元々、実はサブカル系の志向があったわけじゃないということで、これじゃなきゃって表現のセオリーにもこだわりない感じ?

家城 そうですね。本当にコントの延長線上で舞台作ってたり、結構早い時から吉本の人には2時間もの作ったほうが性格に合ってるって、ありがたいことに言ってもらって。それで、別に誰も何も文句言ってなかったんですけど、芸人やめて脚本家、演出家になりますって言った瞬間から、急に演劇界の餌食というか。舞台観に来た人たちが「これは演劇じゃないね」みたいな(苦笑)。

セオリー持ってないんで、そこの壁に今年の春くらいまでブチあたってて。でも、そもそもが根本は僕が考えた話を具現化したいってだけなんだから、演劇でもコントでもないって言われようが、もういいやって最近割り切れて。

―ジャンル分けじゃないわけですもんね。小説でも純文学だ、娯楽作だとか昔からありましたけど(笑)。

家城 はい。めっちゃくちゃうるせえな演劇のヤツらはって(笑)。まぁお世話になってる役者さんも好きな脚本家さんもいますし、気に入られたい、認められたいって気持ちもあったんですけど。そこで本当に打ち解けていくのに意外と10年、20年かかるんじゃないかって。

自分の人生、それに使えるかなって思った時に待てない気がして。だったら、人の意見聞いて演劇に寄っていくよりはギャンブルみたいに自分の好きなように…ダメならダメだし、ラッキーだったらありがたいって感じですかね。

●この続きは次週、10月22日(日)12時に配信予定!

(撮影/塔下智士)















●家城啓之(やしろ・ひろゆき)







1976年生まれ、千葉県出身。97年に林克治とお笑いコンビ「カリカ」を結成。2011年のコンビ解散後は「マンボウやしろ」の芸名でピン芸人となったが、16年7月には引退を発表。脚本家、演出家としてラジオパーソナリティでも活躍。著書に「ブサイク解放宣言−見た目にとらわれない生き方のススメ」がある。12月7日から紀伊國屋ホールにて「THE YASHIRO CONTE SHOW」第2弾『ReLOVE』公演がスタート。チケット絶賛発売中

関連記事(外部サイト)