日本の音楽シーンはむしろ活気づいている? バブル期から続く巨大音楽ビジネスの変革とは…

日本の音楽シーンはむしろ活気づいている? バブル期から続く巨大音楽ビジネスの変革とは…

「メインテーマは『インターネットによる日本人のライフスタイルの激変』であり、『Jポップ』はサブテーマ。あくまで変化を説明する一例にすぎません」と語る烏賀陽弘道氏

過去20年で、日本ではCDの売り上げが3分の1に激減した。テレビなどマスメディアが国民的ヒットを生んできた従来の産業構造が、見る影もなくなりつつある。

だがジャーナリストで『「Jポップ」は死んだ』著者の烏賀陽(うがや)弘道氏は、産業構造の変革によって音楽は多様化し、現場はむしろ活気づいているという。日本各地の創作と表現の現場において、氏が見て聴いて感じたものとは一体なんなのか。

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―「Jポップ」と聞くと、巨大な音楽産業の姿が浮かびますが、本書では愛知県の豊田大橋の下で開かれるフェスの人気の秘密や、東京のアナログシンセサイザーの見本市に見る若者の楽器演奏の趣向など、ミクロな観点からの切り口がとても新鮮でした。

烏賀陽 今回、この本を書くにあたって、まず「音楽が演奏されている場所に行く」「音楽を創り演奏しているクリエイターたちに会う」「彼らが居心地よく演奏する場所を訪ねる」といった「現場主義」を徹底したんです。レコード会社や有力プロデューサーから取材を始めて、「ヒットの公式」や「戦略」などと褒(ほ)める本や雑誌もあります。

が、そのような「トップダウン」の取材では今の音楽の本当の面白さは伝えきれないと思いました。私自身、16歳からずっとベースの演奏をしているので、ライブハウスなどの現場を見続けてきた。それに加えて、私の仕事は報道記者です。そこで培った現場・一次情報主義が、今の私の取材スタンスなんです。

―取材をされた現場の人の声は活気に満ちていて、たとえ無名であっても大いに興味を引かれました。

烏賀陽 12年前に岩波新書から『Jポップとは何か―巨大化する音楽産業』という著書を出したときには、大手のレコード会社をもっと取り上げていたんですよ。当時は彼らが音楽産業の中心にいたからです。しかし今回はほとんど取り上げていません。今はインターネットがクリエイターとリスナーをダイレクトに結んでいます。レコード会社や販売店など「中間業者」が抜け落ちてしまった。

実はこの本のメインテーマは「インターネットによる日本人のライフスタイルの激変」です。「Jポップ」は、その一例、サブテーマにすぎません。私はJポップの衰退を良いとも悪いともジャッジしません。私が報告する事実を読んで、読者が判断してくれればいい。その意味でこの本は、10〜20年後に読み返しても鑑賞に堪える「歴史の記録」になっていると思います。

―確かにインターネットの台頭が業界やリスナーに与えた衝撃は計り知れません。一方で、若者は「直接体験」にはお金を払うと指摘されていますね。

烏賀陽 現代を生きる人々はあまりに多くの複製物に取り囲まれていて、それが複製物であることすら忘れてしまっています。だからこそ、彼らは「実物」「一次情報」にすさまじく飢えている。野外フェス産業の急成長もそうした文脈で考えると理解しやすい。

私の友人は、夏に1ヵ月半かけてヨーロッパのEDM(Electronic Dance Music)系フェスを巡っています。EDMは制作段階からフルデジタルです。もちろんインターネットでいつでも聴ける。しかし彼女たちはそれに物足りなさを感じて「実物」を見に地球の裏側まで出かけます。

―意外にも、若者は楽器を弾かなくなっているとか?

烏賀陽 そうですね。ギターの販売総額は過去25年間で3分の1に減りました。一方で、DAW(Digital Audio Workstation)やEDMといったデジタル音楽の演奏・制作が極限まで発達したのに、昨今の現場では「即興演奏」「ダンス・舞踏との融合」「ライブアクションペインティング」といった肉体性を強調した音楽イベントが隆盛している。ノイズミュージックも勢いがあります。特に東京のノイズシーンはハイレベルとかで、パリやロンドンからも客が来る。

「ノートパソコンとマウスでチマチマ演奏するのはもういやだ」と20代男性ミュージシャンが言っていました。デジタルミュージックは、音楽演奏から「肉体性」を消してしまいます。それが市場の主流になったとき、「もうウンザリだ!」という人たちが出てきた。ノイズや即興、舞踏・ダンスなど「肉体性のアート」と音楽が合流した。「音楽に肉体性を取り戻せ!」という一種の「揺り戻し運動」なのです。

ニューヨークやロンドンと比較しても、東京という街はデジタル化やメディアによる間接情報化のレベルが極限に達しています。だからその反動も大きい。古来人間は、体を動かしたい、日常の秩序から抜け出したいという欲求を持っています。音楽は本来、肉体的であり、そんな人間の「本能」「魂」の領域から何かを引き出す力を持っています。例えば、デジタルミュージックが「ダンス」という身体表現と合体した場所が「クラブ」です。

―音楽産業の構造が大きく変化した今、どのようにミュージシャンは成長していくのでしょうか。

烏賀陽 レコード会社や販売店、TV局といった旧来の「大きなプレイヤー」がマスメディアを舞台に「大きなヒット」をつくる現象は、どんどん減っていくでしょう。先ほども述べましたが、インターネット社会では情報が下から上へと流れます。個人から始まり、「スモール→ミドル→ビッグ」へと神経細胞のように広まっていく。多くはミドルレベルの手前で止まるでしょう。

ミュージシャンはボヤくかもしれませんね。「ネットで自由は広がったがお金にならない」と。旧時代はレコード会社が新人を発掘してデビューさせ、お金を投資しました。ネット時代は、それも創作家が自分でやらなくてはならない。

しかし、今はクラウドファンディングもあります。「少額・多数型寄付」で出資してもらうことができる。私は福島第一原発事故の続報取材にかかる経費をクラウドファンディングで調達しています。映画やアニメ製作にも使えるでしょう。そうした新しい「ネット上のサービス」に何か役立つものがないか、アンテナを張ることも創作家には大事なことになるはずです。

―行動力の違いによって可能性の格差が広がりそうですね。

烏賀陽 そう。「自由を与えられてますます能力を発揮する人」と、逆に「自由すぎてどうしていいのかわからず、萎縮してしまう人」の二極分化がすでに始まっています。

(撮影/村上庄吾)

●烏賀陽弘道(うがや・ひろみち)







1963年生まれ、京都府出身。京都大学経済学部卒業。朝日新聞社に入社し社会部などを経て91年から週刊誌『アエラ』編集部員。92年にコロンビア大学国際公共政策大学院に留学し、軍事・安全保障論で修士号を取得。98〜99年にアエラ記者としてニューヨークに駐在。2003年に退社してフリーランスの報道記者・写真家として今に至る。主な著書に『フェイクニュースの見分け方』(新潮新書)などがある

■『「Jポップ」は死んだ』(扶桑社新書 800円+税)







日本のバブル最盛期に誕生した「Jポップ」という言葉。それは日本が誇る独自の音楽ジャンルであると同時に、壮大な音楽産業構造でもあった。しかし、それはインターネットが台頭する21世紀初頭に入ってから急激な変化を見せる。果たして日本のポピュラー音楽はどこへ向かっているのか。やはり衰えてしまったのか。長年、報道と音楽の変遷を見つめてきた著者が、現場への徹底した取材をもとに、ポピュラー音楽の意外な“今”を伝える







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