故・西城秀樹さん、才能を開花させる3人の子供たち

【西城秀樹さん死去】3人の子供たちは「美男美女」でスカウトされたことも

記事まとめ

  • 西城秀樹さんは家族団らん中に意識を失い、5月16日に容体が急変しこの世を去った
  • 14歳の長男は、西城さんと同じステージに立ち、バックバンドでドラムを演奏したことも
  • 13歳次男は絵が得意、15歳長女の夢はダンサーで、3人とも美男美女だという

故・西城秀樹さん、才能を開花させる3人の子供たち

故・西城秀樹さん、才能を開花させる3人の子供たち

3人の子供たちもそれぞれの夢を追いかける

「普段から家族みんなで西城さんの70年代、80年代の映像を見て“またこんなふうに歌えるように、がんばろう”、“テレビに出るのをあきらめないでね”と、3人のお子さんがエールを送っていたそうです。西城さんも、そんな健気な子供たちのために、がんばっていたのですが…」(西城さんの知人)

 その日もそうだったのだろうか。4月25日夜、西城秀樹さんは愛する家族との団らん中に意識を失った。病院に運ばれたものの、5月16日夜に容体が急変、家族が見守る中、この世を去った。63才だった。

 女優や歌手とたびたび噂になり、“最後の独身貴族”といわれ続けた西城さんが永遠の伴侶と出会ったのは1999年、大阪でのことだった。お相手は18才年下、イギリスへの留学経験があり、土木関連の企業に勤めるキャリアウーマンだった。

 2001年に結婚すると、翌年に長女が誕生。しかし、妻が長男を妊娠中の2003年に西城さんは脳梗塞で倒れた。

「当時、“もう歌えないなら歌手を引退しよう”と弱音を吐いたこともありました。しかし、奥さんの励ましのもとリハビリに励み、2004年には次男に恵まれました」(スポーツ紙記者)

 まだ子供が幼い中での闘病生活だったが、2011年に再発。一命は取り留めたものの、右半身に麻痺が残った。

「あまりのつらさに“死にたい”と漏らしたこともありました。そのときには、奥さんが“焦らないで”と、寄り添ったそうです」(前出・西城さんの知人)

 妻の献身でリハビリに励み始めた西城さんだったが、やはり思うように体は動かない。そこには歌手として完全に復帰できない悔しさのほかに、子供たちと遊べないつらさもあったという。

 後遺症で体に麻痺が残った西城さんは、息子たちと公園で追いかけっこやキャッチボールをしたり、思う存分、外で遊ぶことができなかった。男親としては男同士の触れ合いを願っていたのだったが、それができないジレンマに陥っていたという。

「息子さんたちも幼い頃から闘病していた西城さんを見ていたので、普通のパパのように遊べないのをなんとなく理解していたようです。そのため、西城さんがお風呂に入ると2人の息子さんが半分ずつ、背中を流してあげたり、“男の交流”をしていたそうです」(前出・スポーツ紙記者)

 そういった闘病生活の中で育まれた「男同士の関係」だったが、中でも西城さんへの憧れが強かったのが長男(14才)だという。

「西城さんがドラムを演奏している映像を見て、“ぼくもやってみたい”とドラムを始めました。西城さんは大喜びで教えるときもあったそうですが、やはり後遺症のせいで上手に叩けなかったので、知り合いのプロのドラマーにレッスンをお願いしていました。長男の腕前はなかなかで、西城さんと同じステージに立ち、バックバンドでドラムを演奏したこともありました」(音楽業界関係者)

 長男が父の背中を追いかけるように、次男(13才)も父と同じ才能を開花させていった。

「西城さんは絵を描くのがうまく、中学生時代に二科展で佳作に選ばれたことがあるほど。次男も絵が得意で、一家でパリ旅行に行ったときに写生した絵がポスターに採用され、1枚2000円で発売されたこともありました。西城さんは、次男のことを“やんちゃ坊主なところがそっくりで、ぼくに似ている”と言っていました。彼は芸能界に興味を持っているそうです」(前出・スポーツ紙記者)

 長女(15才)も父親っ子で、一緒によく病院へリハビリに通っていたという。

「奥さんと娘さんが西城さんを間に挟んで、同じ動きをしながら“誰がいちばん腕を上げられるか勝負だ”と言いながら、励ましていました。その娘さんの夢はダンサーだそうです。3人とも美男美女で、小さい頃は西城さんのお子さんだと知らずに、スカウトもされたことがあるほどです」(芸能関係者)

※女性セブン2018年6月7日号

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