樹木希林さん がん発症から14年、生き抜いた秘密

樹木希林さん がん発症から14年、生き抜いた秘密

2004年10月から闘病生活を続けてきた樹木(写真/アフロ)

 家族に見守られながら、9月17日、樹木希林さん(享年75)が出棺の時を迎えた。位牌を持ったひとり娘の内田也哉子(42才)は一点を見つめ、娘婿の本木雅弘(52才)は神妙な面持ちで手を胸の前に当てた。孫の伽羅(19才)が遺影を持ち、UTA(20才)と玄兎くん(8才)も毅然とした態度で最後の別れをした。

 妻の最期を看取れなかった内田裕也(78才)も、家族葬に参列。喪服の左胸には、「HOW ABOUT NO?(ありえない)」の缶バッジがつけられていた。約40年別居していた夫婦のカタチがそこに見えた。

 樹木さんが亡くなったのは15日の深夜2時45分。前日に入院していた病院から自宅に移り、也哉子と本木に看取られた。

 樹木さんは8月13日に左大腿骨を骨折し、手術を受けていた。8月末、本木は「全治6週間」と説明した。

 樹木さんは9月4日に行われた、高円宮久子妃殿下(65才)も臨席される映画『日日是好日』のプレミアム試写会への出席を“最後の外出”の覚悟で切望していたが、それも断念せざるを得なかった。

「出席できなかった樹木さんは直筆メッセージを寄せました。それに感銘した久子さまは樹木さんのパネルとの撮影をお願いし、その集合写真は樹木さんに届けられました。寝たきり状態で、体の至るところがチューブでつながれている状態だった樹木さんは喜んだそうです」(映画関係者)

 樹木さんの闘病生活の始まりは、2004年の10月だった。右乳房にしこりを発見し、医師から乳がんを告知された。翌年1月、右乳房の全摘出手術を受けた。当時、樹木さんは、「(乳房を)残す方法はあったけど、水着を着たいとか恋人のためという気持ちはなかったから。それなら全摘がいちばん手術をやりやすいと言われたの」と、あっけらかんと語っていた。

「その後、医師や家族から女性ホルモン剤をのむように言われ、イヤイヤのんでいた。しかし、それをきっぱりやめ、以降は放射線治療を受けていました」(芸能関係者)

 しかし、2年後の2007年に切除した右乳房の近くに再びがんが見つかる。その頃、樹木さんが出合ったのが、「四次元ピンポイント照射療法」という世界最先端の放射線治療だった。

「がんに放射線を立体的に当てる『三次元照射』に、“時間軸”を加えたのが『四次元ピンポイント照射療法』です。体は呼吸などで常に動いており、完全に静止できない。この『四次元~』なら、がん細胞だけを狙い撃ちにするため正常な細胞を傷つけることが少なく、体への負担が軽いといわれています」(医療法人社団進興会理事長の森山紀之医師)

 全国で唯一その治療を行っている鹿児島空港から車で40分ほどのところにある『UMSオンコロジークリニック』(以下、UMS)に、樹木さんは通い始めた。

 放射線照射は1日10分程度だが、1か月間継続しなければならないため、滞在費用の負担も大きい。治療費も『UMS』のホームページによれば通常1回150万~250万円ほどの自由診療となる。年間300万円を超すと低額で受けられるようになり、500万円を超えるとそれ以降は無料になると説明されている。

◆周りを笑わせるユーモアもあった

『UMS』と出合った樹木さんは一時、「乳がんが消えた」と公表できる状態にまで回復。しかし、2012年頃に副腎や脊髄への転移が発覚した。2013年3月に行われた日本アカデミー賞授賞式での「私は全身がんですから。来年の仕事は約束できないんですよ」という発言は世間を驚かせた。

「当初、照れ隠しのジョークのように受け取られましたが、“がんと生きる”ことの宣言だったのでしょう。樹木さんはがんが大きくなったら、そのつど『UMS』に通って治療を繰り返していました。抗がん剤治療は苦しく、通常の日常生活を営むのは困難ですが、樹木さんは“私の治療法だと、生活の質は全く落ちなかった”と話していました」(樹木さんの知人)

 その言葉通り、樹木さんはがん闘病をしながら、数々の映画に出演し続けた。時に「死ぬ死ぬ詐欺」と自嘲する姿は“闘病”のイメージとは程遠かった。もちろん治療法が彼女に合っていたことも要因の1つだろうが、そうした樹木さんの姿勢もまた、彼女が長く生きられた理由の1つだという。

『医者に宣告されたら知っておきたい がん克服の7カ条』(徳間書店刊)の著者で、精神科医の西脇俊二さんが説明する。

「ストレスはがんの原因になるといわれていますが、がんを治療する際にも悪い影響を与えます。がんに対して過剰に不安になってしまったり、“絶対に治すんだ”と気合を入れすぎると、緊張が高まって交感神経が優位になって免疫力が落ちてしまう。

 免疫力はリラックスして副交感神経が優位になっている時によく働いてくれるのです。樹木さんは、ご自身が重篤な状態であっても仕事を続け、私たちが見る限りは平常心を保ち、周りを笑わせるようなユーモアを示しておられました。このようなリラックスした状態が、がんの進行を遅らせていたのではないかと思います」

 西脇さんによれば、笑うこと自体も、がんに効果があるという。

「『笑療法』という治療法もあるように、笑って過ごすことはとても大切です。それでがんが消えたという話もあるほどですから。そんなに笑えないというかたは嘘笑いでもいいし、ニコッとするだけでもかまいません。笑うと免疫のコントロール機能を司っている間脳が作動し、がん細胞を攻撃するNK細胞が活性化するといわれているからです」

 樹木さんは2016年12月、本誌のインタビューで、《これからはがんや病気と一緒に生きていく時代ですよ》と答え、自身のがん闘病についてもこう語っていた。

《大丈夫じゃないけど、だいたい、これ(がん)をやっつけようとかって思わないのよ。「がんと真剣に向き合って」とかも思わない》

 乳がん発症から14年、樹木さんはがんに克ったといっていいだろう。

※女性セブン2018年10月4日号

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