美貌と新鮮さを備えた関根恵子 何故きわどい売り出し方をされた?

美貌と新鮮さを備えた関根恵子 何故きわどい売り出し方をされた?

関根恵子デビュー作の『高校生ブルース』(画像は角川映画HPより)

 数々の名女優が誕生した1970年代の映画界。とりわけ鮮烈な印象を残したのが関根恵子だ。彼女のデビュー作『高校生ブルース』(1970年)は、美子(関根)がクラスメイトの昇(内田喜郎)と体育倉庫で結ばれ、妊娠してしまう物語。映画評論家・映画監督の樋口尚文氏が関根の魅力を分析する。

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 70年代に青春を過ごした観客ならば「関根恵子」という響きには甘い疼痛を禁じ得ないだろう。1970年8月公開の『高校生ブルース』であまりにも鮮烈にデビューした関根恵子はまだ15歳であったが、劇中では裸になることを求められ、堕胎のために腹を蹴られ苦悶にあえぐという痛ましい場面もあった。

 こんな性と暴力の見せ場を、年端も行かぬ美少女に要求せねばならないほどに映画会社は不振の極みだった。折しも高度成長期の決算ともいうべき1970年万博が大盛況であったが、戦後の貧しき時代の娯楽の王者だった映画は多様化するレジャーの末席に転落していた。

 もしあれほどの美貌と新鮮さを備えた関根恵子がその10年前に大手映画会社からデビューしていたら、こんなきわどい売り方はされず、裸にならなかったに違いない。幾度か関根恵子にインタビューをしたが、当時この売り方に感じた強い違和感を回想していた。そのことに大いに共鳴しつつも、一方で倒産寸前の大映の寂寥感漂うスクリーンのなかで痛々しく裸身を晒す、美しすぎる少女には、そのきわどさゆえの抒情が湧き起こった。

 それは劇中の設定のみならず、現実の彼女の扱われ方の「虚実」の掛け算が生んだ「危うさ」のイメージで、まさにそれを活かして増村保造監督『遊び』のような傑作も生まれた。彼女の魅力にすがっていた大映の倒産後、東宝に活躍の場を移しても、関根恵子に「裸」はつきまとったのだが、70年代の彼女から立ち昇る「危うさ」の魅力は、まさにその「裸」(およびそれを求められる実像のイメージ)によって醸され、観る者をしたたかに疼かせていたとも言えよう。

【プロフィール】
樋口尚文(ひぐち・なおふみ)/1962年生まれ。映画評論家・映画監督。早稲田大学政治経済学部卒業。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。著書は『秋吉久美子 調書』(秋吉久美子との共著)ほか多数。『大島渚全映画秘蔵資料集成』が4月刊行予定。

※週刊ポスト2021年3月19・26日号

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