元グラドル小阪有花「芸能界からの転職の難しさとうつ」語る

元グラドル小阪有花「芸能界からの転職の難しさとうつ」語る

元グラビアアイドルは保育士として再スタートした

 2004年、グラビアデビューと同時に「ミスマガジン2004」グランプリを受賞。グラドル界に彗星の如く現れた「小阪由佳」は、一時期バラエティ番組やドラマ、雑誌にと引っ張りだこだったが、2009年に突然の引退。その直後から一般人として、変わり果てた“激太り”姿をブログにアップするなどの奇行を繰り返し、世間を騒がせた。彼女はその後、小阪有花と名前を変え、保育の仕事に奮闘している。そんな彼女が、「芸能界からの転職の難しさ」についてインタビューに応じた。

「保育のことを考えて動いていたら、気づけば今年の3月で10年経っていました。私は芸能のお仕事は5年間で辞めていますが、保育は気がつけば倍です。10年目にしてようやく、自分を褒めたいです」(小阪、以下同)

 グラドルの頃と変わらぬスレンダーボディとはじける笑顔で現れた彼女。保育の仕事について語る時は饒舌で、そして真剣な表情を見せる。

 激太りや奇行で世を騒がせた時期、彼女はある女性によって「洗脳状態にあった」と語る。芸能人の体重の増減がネットニュースの大きな話題になっていた時代、女性から「太れば注目される」とアドバイスされ、バターを乗せたカツカレーを、胃薬を飲みながら食べるなどして、とにかく体重を増やしていた。ほどなくその洗脳状態から覚めたが、今に至るまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

「いきなりガツンと重い話になるんですが、芸能界をやめて、うつ病になってしまったんです。すごく太ってるから、対人恐怖症にもなっていて。太っているから外にも出られないし、もし外に出ても、バレた時に指をさされて『デブ』とか言われたくないし。その当時、自分が見苦しい姿になっていることを分かっていないわけではなくて、むしろ見苦しくなってると自覚していて、病んでいました。

 しかもその当時『小阪由佳』とネットで検索すれば、関連用語として『ヤク中』『ヤクザ』『暴走族』などが出てくるようになったんですね。さらに『死亡説』も出てきたうえに、家族の悪口も書かれちゃって。

 生きているだけで周りに迷惑かけるようになったら終わりだと思って、その時は『人生終了させよう』と生前整理をやっていたんですよ。本当に無理だ、耐えられない、生きていけないと」

 死ぬ準備のために自宅で所有物を整理する中、学生時代の卒業アルバムが出てきた。見れば当時の『将来の夢』として、彼女は「アイドル」「パン屋さん」「ケーキ屋さん」「幼稚園の先生」と記していた。芸能の仕事はすでに経験している。パン屋さん、ケーキ屋さんではアルバイトをしてきた。アルバムにこんな夢を書いていたことは忘れていたが、無意識のうちに「将来の夢」を辿ってきていた自分に衝撃を受けたという。

「芸能もスカウトで、“ちょうど就職氷河期だったから”と逃げの姿勢で飛び込んだ。アルバイトも、お金を稼ぎたいから、とか家の近所にあるからと何気なく選んでいた。でもそれは実は潜在意識ではやりたいことだった。私は学生生活もつまんなかったんです。今よりもっと冷めた子で。お金稼ぎたいから、と消極的に仕事を選んでいた。

 顕在意識では自分の人生を諦めているはずなのに、実は潜在意識では常にやりたいことを探していたんだと思ったら、大号泣しちゃったんです。じゃあこんどは自分の意識で、自分の潜在意識がやりたいと思ってたことをやろう、と考えました」

 まだやっていないのは「幼稚園の先生」だけ……。だが幼稚園の先生になるには資格がいる。貯金も尽きていた小阪は、すぐに働ける保育補助のアルバイトを探すことに決めた。だが、ここからが大変だった。とにかく採用されないのだ。その理由は先にも彼女を苦しめたネットの存在があったからだという。

「私の名前で検索されちゃうと、やっぱり『ヤクザ』『ヤク中』みたいな検索ワードが出てきてしまう。履歴書に嘘は書けないので、名前と経歴を真面目に書いたら、あとから検索されて『うちでは雇えない』と何度も不採用になりました。やっと人生やり直そうと思ってるのに、まだだめなの!?と思って。でももう、『これしかやらない』と決めてたから、あとは採用されるまでひたすら面接を受ける日々でした。やっぱり本当に大変でした。一度採用の連絡を受けても、あとからネットで検索されて『ごめんなさい』と言われることもありました。

 やはり保育園は子供を預かるところなので、子供を守らなきゃいけない。当時、ネット掲示板の書き込みがけっこう見られていたみたいなんですよね。そこにはひどいことが書かれているから、こんな人が保育園にいたら不安を与える、と。リスクマネジメント的な観点からそのような結果になることも理解はできます」

 だが、あまりにも採用されないため、芸能活動をしていたことを履歴書に書かず面接に臨んだ。一旦は採用されたが、保護者に見破られ、解雇となってしまった。また振り出しに戻り、履歴書を書いては面接に臨む日々に。諦めず応募を続け、ようやく採用を勝ち取ったという。

「過去に芸能の仕事をしていたことがあるという園長で『うちは気にしない』と初めて言ってもらえて、採用になりました。粘り勝ちでした」

 そして10年──。いま、彼女は小さい頃の夢を実現している。

【プロフィール】こさか・ゆか/1985年、神奈川県生まれ。旧芸名は小阪由佳。「ミスマガジン2004」グランプリで芸能界デビュー。2009年に芸能界を引退後、保育関連の仕事に携わる。公式ツイッターは@kosaka_revival。インスタグラムは@kosakayuka0627。

◆取材・構成/高橋ユキ(ジャーナリスト)

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