『しくじり先生』ネット版を見てわかった「テレビの闇」

『しくじり先生』ネット版を見てわかった「テレビの闇」

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 テレビで放送された番組をネットで見逃し再生する視聴方法が広まっている。放送されたままを楽しむのが通常だが、『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)は、AbemaTVで“完全版”と題したロングバージョンを視聴できる。イラストレーターでコラムニストのヨシムラヒロム氏が、地上波からネットに移動することで変容する“しくじり”について考えた。

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「私は『しくじり先生』が好きだ」

 祖母がこう話した。数年前に祖父が亡くなって以降、独り身。話し相手となるために時折、祖母の家に足を運んでいる。90歳となる祖母と32歳の僕、共通の話題といえばテレビ。共にハードなテレビウォッチャーなので、なかなか盛り上がる。そのなかで『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日)の話題となったのだ。

 続けて「けど、アレ終わっちゃったでしょ」と祖母。その場でwikiをチェックすれば、レギュラー放送は2017年9月で終了と記載されていた。僕は「うん、終わったね」と伝える。

 祖母が愛してやまない番組『しくじり先生』が1年半の休眠期間を経て、今年4月に復活した。新作はAbemaTVと連動しており、未公開シーンを含めた「完全版」が配信されるとのこと。ふと観たことはあったが、しっかり観たことがない番組。いい機会なので、仕事中のBGMとして流すことにした。しかし、耳に入る音声があまりにも面白い。途中からイラストを描くことをやめ、鑑賞がメインとなっていた。

 以降、僕は『しくじり先生』にハマった。テレビ朝日版とAbemaTV完全版の両方を鑑賞している。2つのバージョンを見比べて、地上波でカットされた部分を探す。これが楽しい。

 全ての授業が興味深いのだが、なかでも印象に残ったのは#3。教壇に立つのはタレント・水沢アリー先生。美容整形やキャラ詐称、その無理がたたって精神的なバランスを崩したことを教授していた。

 なぜ、この回が印象に残ったのか?

 それはテレビ朝日版とAbemaTV完全版で視聴後の感想が変わる点にある。前者だけを観れば、水沢先生が話す「しくじり」の数々が他人事に映る。おバカタレントが選択ミスをしただけじゃん、なんて思うだろう。しかし、後者を観れば同情の念を禁じ得ない。タレントに夢を見た女性の成功と挫折が胸に刺さる。全てを自己責任だと話す水沢先生、その切なさったらないわけで。

 AbemaTV完全版だけで観られたのは、水沢先生がテレビディレクターの度を越した要望に悩まされたと語るシーン。「ネットニュースになるようなネタはない?」「放送できるギリギリのネタない?」と炎上すれすれの発言を求められ続けたという。司会を務めるオードリー・若林正恭も「うわぁ、こういうことあるわー」と反応していた。 最終的には「誰かの家燃やしたことない?」と聞かれたことを告白。ディレクターは水沢先生の気持ちなんてどうでもいいんだな。使い捨てのタレントとして、バラエティ番組の末席に座らせる。

 先生もバカではない、先細りしていくだろう自身の芸能生活について自覚している。ただ、生活のために職務だけはこなしていく。そして、自身が生み出した“噛みつきキャラ”、“おバカキャラ”に忙殺される。番組で起用され続けるためには、ディレクターが望むコマにならなくてはならない。

 広瀬すずのような選ばれしタレントならば、その必要はない。しかし、水沢先生のような持たざるタレントはそうもいかない。芸能界でサバイブしていくことは、人間性を捨てる行為に等しい。

 そもそも、水沢先生がタレントになった経緯もちょっと変わっている。当時、19歳の大学生だった水沢先生が友達に連れられて参加したパーティー。そこで紹介されたという事務所社長マー君に「キミ変わってるね、入っちゃいないよ!」と言われデビューしたという。

『しくじり先生』では、デビュー当時話題となった“第二のローラ”と呼ばれたキャラも作られたものだと暴露。しかし、この前まで素人だった女子大生が、自分の頭でローラ仕草をマスターすれば、テレビで重宝されるなんて考えられるのか。自身で“ローラのジェネリック”といった狡い戦略を発想したのか、疑いたくなる。

 全盛期の水沢先生は「芸人になりたい!“ダウンタウン君 ”みたいになりたいの!」とも語っていた。このネタも怪しい。自分発信というよりもオトナの入れ知恵によって、演じられたキャラと考える方が必然である。

 水沢先生の精神バランスが崩れた理由は、過剰な自己演出を要求する業界の体質にある。「誰かの家燃やしたことない?」と平気な顔をして聞く人がテレビを作っている。そう考えると怖い。

『しくじり先生』は、失敗した芸能人を参考に自身を見つめ直すことがコンセプト。しかし、そんなヤバい人は一般社会にそうはいない。タレントに「私は嘘をついてました」と贖罪させる前に業界自体を見つめ直すべきだろう。#7で登壇したモデルの今井華先生も水沢先生と似たエピソードを語っていた。今井先生は常時「バイブス!」発言を求められ、心を病んだという。

 ディレクターは視聴率のために限りなくフィクションなキャラをタレントに憑依させる。しかし、視聴者はタレントの詐称を求めているのだろうか。面白いウソは沢山あっても良い。ただ、水沢先生が語らされてきた虚勢は視聴者にもバレバレなわけで……。見透かされているフィクションほど醒めるものはない。そういった「しくじり」からテレビはいつ脱却するのだろうか。

●ヨシムラヒロム/1986年生まれ、東京出身。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。イラストレーター、コラムニスト、中野区観光大使。五反田のコワーキングスペースpaoで週一回開かれるイベント「微学校」の校長としても活動中。テレビっ子として育ち、ネットテレビっ子に成長した。著書に『美大生図鑑』(飛鳥新社)

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