高島礼子、93才父の延命治療に「本当に良かったか」と葛藤

高島礼子、93才父の延命治療に「本当に良かったか」と葛藤

93才父の延命治療に葛藤

 ここ最近の彼女の“変化”に周囲は驚いている。5月31日から東京・新橋演舞場で上演される舞台『翔べないスペースマンと危険なシナリオ〜ギャグマゲドンmission〜』で、初めての喜劇にチャレンジする高島礼子(54才)。

 活躍の場は舞台だけではない。5夜連続で放送される『白い巨塔』(5月22日〜・テレビ朝日系)では、主人公・財前五郎の師である医師・東貞蔵の妻を演じる。高島が仕事を増やしている背景には「ある事情」があると彼女の知人は語る。

「クールでシリアスな役が多い高島さんが、今度の舞台ではダメ人間を演じて人を笑わせる。最近、これまでにない役を含めて仕事を増やしているのは、93才のお父さんの病状が関係しているようです」

 神奈川県横浜市内にある高島の実家の近隣住民が言う。

「以前は高島さんのお父さんが暮らしていましたが、今は病院に移られたようで、誰も住んでいません。ガスも電気も止めていると聞いたので、しばらく帰って来ないのだと思います」

 高島の父の現状に触れる前に、「父と娘」の物語を振り返ろう。高島は1964年、横浜市生まれ。20才の頃に母をがんで亡くして以来、彼女を励まし続けたのは父だった。

「大学で英語を教えていたお父さんは厳格なかたでしたが、高島さんが芸能界入りを悩んでいる時には『自信を持って自分で判断しなさい』と背中を押しました。この言葉に勇気づけられた高島さんは、芸能界に飛び込むことを決めたのです」(前出・高島の知人)

◆豪邸をバリアフリーにしたが…

 1999年2月に高島が高知東生(54才)と結婚してからは、父は横浜市内の実家でひとり暮らしをしていた。

 異変が生じたのは2004年。実家に帰った姉が、「お父さんが何か変なことを言う。絶対に病気だ」と言い出した。

 高島は真剣に受け止めなかったが、姉の言葉に押されて車で病院に連れて行く途中、高速道路を見た父が「あっ動物園だ」と口走った。その後のCT検査で、パーキンソン病により幻影が見えたことがわかった。

 以降、父は幻聴や幻影に苦しむようになった。時には高島を見て「あんた、誰だ」と言い、寝ている最中に暴れてベッドから落ちることもあった。高島は忙しい身でありながら、できるだけ病院を訪れて父を看病した。

 幸い、何度か転院を繰り返すと父に合う病院が見つかった。てんこ盛りの薬を減らすと症状が徐々に回復。幻聴や幻影が消えた。当時の高島は、父との同居を心に決めていた。

「彼女は、お父さんが退院したら都内の自宅で介護しようと考えていました。2004年末に完成した3億円の豪邸にはお父さんの部屋を作り、エレベーターや手すりを取り付けてバリアフリーにしました」(前出・高島の知人)

 しかし父は、50年も慣れ親しんだ実家での生活を望んだ。その思いに応えた高島は、父が実家で安心して暮らせるよう全力を尽くした。

「高島さんは最初こそ『何でもかんでも自分たちでやる』と、都内の自宅から横浜に通い、必死に介護していましたが、それではストレスや過労で共倒れになると気がついた。それから実家ではヘルパーや家政婦5〜6人がシフトを組み、お父さんの面倒を見るようになったんです。

 そうして高島さんの体の負担は減ったのですが、当時お父さんは車いす生活。介護は24時間体制だったため、介護保険で利用できる枠を大きく超え、高島さんの金銭面の負担は相当なものになっていた」(前出・高島の知人)

 2016年6月には高知が知人女性と横浜市内のラブホテルで覚せい剤と大麻を所持して逮捕された。この「シャブ不倫」で高島は高知と離婚。私生活のトラブルに見舞われたこの頃、父の病状が大きく変化した。

「それ以前のお父さんは車いすでも高島さんの舞台を見に行き、いつも近くで応援していましたが、この頃から外出が厳しくなった。それでも高島さんは“望みがある限り治療したい”と希望し、3年ほど前から胃にカテーテルを通して直接栄養を補給する『胃ろう』に踏み切りました。

 これは自力で食べられない人向けの“延命治療”の1つ。そして最近、お父さんは実家から病院に移られた。今年1月の時点では、意識は、もうほとんどなくなっていたようです」(前出・高島の知人)

 事前に延命治療について話し合っているケースは少ない。高島も、父の意思を確認できていなかった。それゆえ、高島は治療について思い悩んでいるという。

「高島さんは母を若くして亡くした際、きちんと治療させられなかったことを深く後悔し、“お父さんは必ず自分が支える”と決意しました。これまで必死に介護を続け、一縷の望みでもあれば、治療を続けたのはそのためです。でも現在の彼女は“胃ろうをして本当によかったのか”“いつお父さんを楽にしてあげたらいいのか”とずっと考えています。迷いをふっ切るように今は仕事に打ち込んでいるように見えます」(前出・高島の知人)

 高島は2018年1月に発売された終活情報誌『終活読本ソナエ』で、苦しい胸の内をこう明かしている。

《2年前に胃瘻(いろう)を始めたのですが、やって良かったのか、悩ましいところです。でも、ここまで治療に頑張ってしまうと、もう何が良いのか分からなくなってしまいます。正直言って、ひょっとすると自分たちの自己満足のために延命しているのではないか、という思いもあります》

 誰よりも父思いだからこそ葛藤し続けている高島。この先、彼女が下す判断を尊重したい。

※女性セブン2019年6月6日号

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