田原俊彦の“新事実”を引き出す黒柳徹子のトーク力

田原俊彦の“新事実”を引き出す黒柳徹子のトーク力

今回はどんな「新事実」を引き出すか(黒柳徹子)

 旧知の関係と老練な質問、状況判断力が“初公開”の話を引き出す──。今年、デビュー40周年を迎える田原俊彦が6月20日、7年ぶりに『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演する。

 黒柳徹子と田原俊彦といえば、昭和の人気歌番組『ザ・ベストテン』(TBS系、1978〜1989年)で司会者と出演者として何度となく顔を合わせてきた仲だ。

 1980年6月21日に『哀愁でいと』でデビューした田原は、番組最多のランクイン数(247回。2位・松田聖子224回、3位・中森明菜223回)を誇り、専用の青いソファーも作られた。1988年には、『抱きしめてTONIGHT』でアイドル出身唯一の年間1位も獲得している。

 田原の『徹子の部屋』出演回を振り返ると、初披露の話が飛び出している。主演ドラマ『愛してるよ!』(テレビ朝日系)の放送開始日だった1993年10月11日、5年ぶりに登場すると、黒柳が突然、「ファンの方に一言、結婚ということについて」と振った。

 兼ねてから“33歳で結婚する”と公言していた当時32歳の田原は「去年のディナーショーでも、『再来年、結婚します』と皆にちゃんと直接言ったしね、『だから皆も早く幸せにならなきゃダメだぞ』と言っておいたのでね、心の準備は出来ていると思うんですけど、安心して見守っていてほしいなとホント思っています」と話した。この時は徹子の舞台出演の都合で、収録は通常より早い1か月半前の8月23日に行なわれていた。

 3年4か月後の1997年2月28日の『徹子の部屋』で、黒柳は前回の放送をこう振り返った。

〈普通だと気にしないのに、トシちゃんがね、『放送いつですかね? 放送いつですかね?』と言った時にね、おかしいな……と思ったのね。私は確信持ってね、すぐ会えないかもしれないから、もしあなたが結婚するようなことがあったら、今のうちにおめでとう言っとくわと言ったら、それから(オンエア日の)1週間後くらいに入籍。〉

 その後、1993年10月17日に入籍した理由にも話が及んだ。

〈黒柳:あの時、17日っていうのは、日が良い日だったんですって?
田原:そうですね。大安で日取りがいいっていうんで、ウチの社長さんがこの日に籍入れたほうがいいんじゃないか、あと、あなたが記者会見やるのもやらないのも、あなたの自由だから。
黒柳:メリー(喜多川)さん、そう言ったの?
田原:はい。〉

 当時、マスコミは「事務所に結婚の報告をしていなかった」などと報道していたが、実際はきちんと筋を通していたのである。この頃、田原が自ら反論することはなかったが、旧知の黒柳の質問によって、新たな事実が浮かび上がったのだ。

 このように、田原俊彦は『徹子の部屋』では素直な気持ちを吐露している。6月20日の放送予告を見ると、〈58歳…妻、娘と88歳の母を語る〉と書かれている。これまで、田原は妻や娘のことをメディアでほとんど話していない。今回も、トーク番組の醍醐味である初耳の話が飛び出すか。

●文/岡野誠:ライター・芸能研究家。研究分野は松木安太郎、生島ヒロシなど。本人へのインタビューや関係者への取材、膨大な資料を緻密に解き明かした著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)では、初公開である『ザ・ベストテン』の年別ランクイン数の順位、田原俊彦の出演シーンを詳細に振り返るなどの巻末付録も充実している。

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