大団円『きのう何食べた?』が教えてくれた究極の真実

大団円『きのう何食べた?』が教えてくれた究極の真実

ハマった人が続出(番組公式HPより)

 視聴者をポジティブに裏切った作品としては今季ナンバーワンといえるかもしれない。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。

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 ネットは「シロケン」ロス一色。昨日深夜に終わった『きのう何食べた?』(テレビ東京系)。つい語りたくなる内容満載のドラマが、とうとう幕を閉じてしまいました。

 制作サイドの想定を大きく超え、このドラマは「善循環の方程式」が成り立ったという希有な事例かもしれません。その善循環とは……。

 ゲイカップルというテーマ性や配役が話題になる→多方面から注目→主役2人が力を発揮→その刺激が他の役者たちにも波及しさらに輝く→評判が上がる→話題になる……という巡りのことです。

 西島秀俊(シロさん)と内野聖陽(ケンジ)、まず2人の主役の力がいかに大きかったか。ドラマが始まった直後、当コラムでは2人の素晴らしさについて触れたのですが、それ以外にも賞賛すべき点があちこちにありました。

 例えば「ゲイ」と一口で言っても、それぞれに個性はあるはず。セクシャリティでは括れない一人一人のキャラクターが粒立ち、違いをくっきりと浮かび上がらせた演出力と役者力。まるで人物図鑑を見ているような楽しさでした。例えば……。

●磯村勇斗

 井上航・ジルベールの存在は、このドラマの中でピリっと効くコショウかワサビか。ほんわかした空気を一瞬で凍り付かせるエゴイズム。拗ねる、悪態をつく、相手を言葉で斬る。でも憎めない。たしかにこんな人っているんだよねー、周りが甘やかせすぎだねーという共感も沸く。

 愛が足りずに育ったから愛をねだる、というちょっと子供っぽいわがままゲイの役に挑み、巧みに演じきった磯村さん。カメレオン俳優の名をほしいままに、先輩俳優たちを食うような勢いを見せました。

●山本耕史

 一方で、小日向大策を演じた山本さん、こちらも何と幅の広い役者なのかと驚かされました。小日向は常識のある上品な大人。しかし年下の恋人ジルベールにベタ惚れで振り回されっぱなし。かわいい子供に手を焼くバカ親のようで、大河ドラマで活躍する山本さんとのギャップがたまらない。ドラマ好きは悶絶の演技でした。

●オープニング曲

 フラットな声、アコースティックなギターが響くフォーク調。ほっこりと懐かしい音。バンド・OAUの「帰り道」は、オープニング曲としてこのドラマに実にハマっていました。刺激的展開はなく日常のささやかな出来事を丁寧に描くということが、一発でドンピシャ伝わってきたのです。つまり、ドラマの空気感はすでにオープニングでしっかりと表現されていました。

●シロさんの母役・梶芽衣子

 母の立ち位置、心配する親心の揺れを見事に体現。「同性愛は恥ずかしいことではない」と言いつつ心の奥で十分に受け止めきれていない母。つい「あなたが娘だったらね」などと口にしてしまう。しかし、母としては息子の生き方を肯定したい。愛情もヒシヒシと伝わってきて静かに葛藤する演技は素晴らしかった。

 梶さんといえば、かつての『女囚さそりシリーズ』で台詞を喋らないカミソリのような凄みある女を演じ怖いイメージがあったのですが、今回のドラマでは無言の中に柔らかな愛を表現していました。

 おそらく、多くの視聴者がこのドラマに求めたのは、言葉で単刀直入に愛してるなどと言わなくても、ふと互いを思いやる関係、それを伝えるしぐさや行為だったのでは。

 すれ違いそうな時、何気ないそぶりで仲直りの仕方を教えてくれる。気づいた相手も素直に気持ちを受けとってくれる。ささやかだけれど大切なこと。現実の中では否定されることが多い世の中。いつもここがダメ、あそこが足りないと、他人も自分もダメ出しばかりの中で生きる私たち。

 しかしこのドラマは「そんなケンジでいい」「どんなシロさんでもいい」という肯定が底に流れています。必要なのは完璧さではなくて、ふわっと包み込む暖かさ。多少波風が立ったり、けんかしたり、すれ違ってしまっても、修復していけるという根本的な明るさ。

「豊かな食卓」とは、高価な食材やゴージャスな料理が揃うことではない。

 2人で美味しいね、と笑いながら食べる食卓のこと。それがあればたいていの問題は乗り越えていける──究極の真実を『きのう何食べた?』というドラマは教えてくれていました。

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