「闇営業」問題 芸能界VSネット界みたいな対立図式はおかしい

「闇営業」問題 芸能界VSネット界みたいな対立図式はおかしい

闇営業でパーティーに出席した宮迫、カラテカ入江慎也、ガリットチュウ福島善成

 釈明、謝罪に続いて擁護、批判、論評の類も渦巻いている。「闇営業」問題の本質はどこにあるのか。コラムニストのオバタカズユキ氏が指摘する。

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 バレバレなのにウソをつく人がいる。誰がどう考えたって、そいつがやっていないはずがないのに、「決してやっていません」と平気で言ってのけちゃう人間。実際にバレたらバレたで、「すみません」「申し訳ございません」と一転平謝りの態度を見せつつ、「ただ、信じてください。この件の背後にこんな問題があるとは知らなかったんです。そこだけは本当なんです」と必死に言い訳を追加してくる人間。

 ウソをつかれた側からすれば、「知らなかったんです」と今さら言われても、その言葉を信じる気にはなれないのだ。総合的に見て、たしかに「背景にこんな問題があるとは知らなかった」のかもしれないが、この件はなにか怪しいな、くらいは察していただろ、と追及したくなる。あるいは、知らなかったで済むと思うな、知ろうとしなかった罪があんたにはあるんだよ、という責め方もありな気がしてくる。

 なぜならバレバレのウソをペロッとついたのは、おこした問題についても、ウソをついた先の世間一般についても、当人が軽んじていたからだ。要は、はなからナメていたということで、そういう態度をとるやつは基本的に信用ならないし、擁護したいとも思えない。

 カラテカの入江慎也が仲介役になって、雨上がり決死隊の宮迫博之やロンドンブーツ 1号2号の田村亮ほか多くの芸人たちが、振り込め詐欺グループの宴会で営業活動をしていた件に関して、まず感じるのは以上のようなことだ。

 吉本興業などの事務所を通さない「闇営業」をしたことを問題とする向きもあるが、それは所属組織と所属員の契約問題なので、外の者としてはどうでもいい。

 どこまで本当かわからないが、吉本興業はギャランティーの9割を持っていき、芸人に渡るのは1割にすぎないとも言われている。だから、そんなに売れていない芸人にとっての「闇営業」はとても大事で、そこを全否定するのには抵抗がある、というような擁護の発言をする芸能関係者もいる。

 しかし、このたびの騒動で何が問題なのかといえば、芸人たちが振り込め詐欺グループという反社会的組織の中でも極めてたちの悪い連中から仕事で金をもらっていたということ、そしてその事実がありながら当初は「もらっていません」とみんながみんなウソをついていたことだ。闇営業だか裏営業だかはどうでもいいのである。そこに関して、世間の人々のほとんどは怒っていない。

 一通りの「ウソ」が明らかになった後の6月25日、元芸人の越前屋俵太が以下をツイートしていた。

〈今回の吉本芸人の闇営業問題。個人的な本音を言わせてもらう。高校の先輩であり、昔、随分とお世話になった島田紳助さんが、反社会勢力と付き合っていた事の責任を取って、潔く芸能界を辞めたことが、何の教訓にもなっていない。腹立たしさを通り越して、同じ世界にいたものとして悲しくて仕方がない〉

 筆者も同様の感想を持った。島田紳助が「潔く」芸能界を辞めたという表現にはやや違和感を覚えるが(潔く、というよりも、唐突にいったい何が起きたっていうの?という謎感のほうが強かった)、彼が暴力団関係者との「黒い交際」を認め、芸能界を引退したのは2011年の夏のことだ。で、今回の騒動の「闇営業」が行われたのは、2014年の冬。あれだけ大きな騒ぎとなった紳助引退から、3年半しか経っていない。たしかに何の教訓にもなっていない。

 6月24日には、芸人の陣内智則も以下のツイートをしていた。

〈もちろん己の身から出た錆。影響力のある立場として反省を。賛否はあると思いますが吉本の決断は厳しく正しいものだと思います!ただ、十分に反省した上でいつか謹慎が解けた際には、お笑い芸人として復帰が出来る環境をマスコミ各位、世間の皆さんが温かく迎えてもらえる時代である事を願います!〉

 ん?「吉本の決断は厳しく正しいもの」?

 仲介役の入江慎也は吉本興業との契約解除、事実上の解雇となったので、そう言える。が、他の面々について吉本は、<本日をもって、当面の間、活動を停止し、謹慎処分とする旨を決定>したというだけだ。「当面の間」がいつまでかわからない、あいまいな謹慎処分。世間の空気を読みながら、落ち着いたころに復帰させようという腹なのだろうが、それを「厳しく正しい」と評価するのはちょっとズレていないか。

 そして、〈十分に反省した上でいつか謹慎が解けた際には、お笑い芸人として復帰が出来る環境をマスコミ各位、世間の皆さんが温かく迎えてもらえる時代である事を願います!〉という言葉。

 似たようなことを言う芸人や芸能関係者は少なくないのだけれども、「十分に反省した」かどうかは世間一般にはわからないし、「温かく迎えてもらえる時代」って何のことだ?

 いや、今回の騒動の裏キーワードに、この「時代」という言葉があるとも思うのだ。ワイドショーをハシゴしていろいろ見ても、「今の時代だから、しっかり反省しないといけないんですよ」といった発言がかなり目立った。いつの時代でも公的な立場にある人間が反社会的勢力といい仲になることはダメだと思うのだが、どういう意味合いでこの言い方をするのか。

 端的に言って、SNSなどが発達、問題があるとすぐに炎上し、燃やされたほうに実害が出るような時代、を意味しているのだと思う。裏社会と芸能社会に連続性があり、それはそれとして黙認されていた古き良き時代とは違う時代、という意味もあるだろうが、それよりも芸能関係者は「ネットの反応」を非常に気にしている。まるで被害者のように。

 だったら、あとで容易にバレるようなウソをペロッとつくな、と言いたくなるが、そもそも芸能界VSネット界みたいな対立図式がおかしい。例をあげるまでもなく、SNSを駆使し知名度をあげている芸能人は山ほどいるし、ブログなりユーチューブなりを使ってバカにならない収益を挙げている芸能人も少なくない。なのに、何を今さら、対立図式を意識して、「今の時代だから」とネット時代のせいみたいな含みのある言い方をするのか。そりゃ、炎上となれば、大量の罵詈雑言や誹謗中傷がネット上に飛び交うだろうが、その発信者らがノイジーマイノリティーであることはもはや常識のはず。おかしな攻撃はスルーしていればいいのであり、わざわざ敵視する感覚はズレている。

 しばしば社会問題などに関する発言もし、そうそうその通りと個人的に同感することの多いカンニング竹山も、6月25日に投稿した以下のツイートはいかがなものか。

〈反社会的勢力から出版社がもしスキャンダル等々の写真やデータを買っていたとしたらまずそこが一番の問題だと思う。反社会的勢力と一緒になってビジネスをし繋がっている会社と言う事になる。もし買っていたとすれば誰から幾らでどんなルートで買ったのかを世間に説明する必要があるのでは?〉

 これはつまり、今回の騒動の発端となった記事の制作者である『フライデー』ほかの雑誌を批判しているわけだが、どうしちゃったのだろう、竹山氏。

 それが政治家の汚職問題であれ、芸能人のスキャンダルであれ、あらゆる報道にはネタ元がある。そして、多くの場合、そのネタ元は匿名であり、媒体側は匿名性の保持を固く約束することでネタの詳細を得る。ネタによっては金銭のやり取りが発生する場合もあるが、匿名性の保持の観点から〈誰から幾らでどんなルートで買ったのかを世間に説明する〉ことなど、できるはずがない。そんなことをしたら、報道活動自体が成り立たない。

 犯罪でもないのに、人の裏話を反社会的勢力と取引して得て商売をしている雑誌のほうも偉そうなこと言えないんじゃないの?という感覚ならわかる。芸能人のスキャンダルなどを暴くのに大義はほとんどない。ゲスの好奇心を刺激して商売をしたいという欲があるだけだ。ゆえに、そうした雑誌が正義を躊躇なく語ってはいけない。それはそうなのだが、そこさえ外さなければ、報道は自由であるべきで、その自由を支えるためのネタ元の匿名性の保持は肯定されて然るべきなのだ。

 話が少し散らかってしまったが、宮迫博之以下の面々が「もらっていません」と、まるで口裏を合わせたようについた軽々しいウソ。そこには「つい保身で……」などの言い訳では納得できない、

 ナメた態度がある。このたびの騒動で一番問題なのはそこであり、そこをどれだけ自覚、反省できるのかが、当該芸人たちの頑張りどころなのだと思う。

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