吉本社長 宮迫と亮は「君」、さんまと松本は「さん」の訳

吉本社長 宮迫と亮は「君」、さんまと松本は「さん」の訳

社長も頭が上がらない?(写真/時事通信フォト)

 雨上がり決死隊・宮迫博之、ロンドンブーツ1号2号・田村亮らへのパワハラ発言をめぐる岡本昭彦・吉本興業社長の会見は、グダグダな内容以外にも気になった点があった。「宮迫君」「亮君」「加藤君」と騒動の渦中にある芸人たちを“君付け”で呼ぶ中、この2人だけ違ったのだ。

「さんまさんに『芸人のことを考えてやってほしい(中略)』と言われました」
「松本さんからは『(中略)俺も手伝う』とおっしゃっていただきました」

 この発言には、視聴者にはわからない吉本興業の「厳然たる序列」が表われている。

「吉本にいる6000人の芸人の中で、この2人だけは別格。カリスマとして君臨する大崎(洋)会長に対等に意見できるのは、この2人しかいません。加藤(浩次)や宮迫クラスの人気芸人にも威圧的に接する岡本社長すら、2人には頭が上がらない」(吉本関係者)

 それを裏付けたのが、2011年に引退した島田紳助の騒動に関する発言だ。

「ほんまは大先輩がいるんやけど、現状として(明石家)さんまと松本(人志)が大崎に一番近くて、吉本の中で一番二番のギャラを取ってるイコール力じゃないけども、力のある二人が動かないかんと思って動いてるんやし、すごいええことやと思うわ」(『文春オンライン』7月24日付)

 だが、今回の騒動で表に出てくるのは、さんまより松本をめぐる話ばかり。なぜなのか。

 松本は吉本のお笑い養成所・NSC(吉本総合芸能学院)時代に若手マネージャーだった大崎氏に才能を見いだされた。大崎氏は、ダウンタウンの漫才を初めて見た衝撃を〈今までそんなもん見たことがありませんでした。「あ、こいつら連れて吉本辞めたほうがええんちゃうかな」と思いましたね〉(『文藝春秋』2019年4月号)と振り返っている。

 お笑い評論家のラリー遠田氏が解説する。

「ダウンタウンはデビュー当時、その“新しさ”ゆえになかなか芽が出ず、大崎さんも社内で冷遇されていた。しかし売れっ子になって東京に進出すると『ガキの使いやあらへんで!』などさまざまな人気番組を立ち上げ、吉本が企画・制作から番組作りに関わるという現在につながるビジネスモデルを築いていった。また、彼らが売れたことで慣例だった厳しい師匠への弟子入りの必要がなくなり、養成所入りを希望する若手が爆発的に増えた。すべて松本―大崎体制の功績です」

 その結果、松本の存在感は突出した。

「大崎会長以下、岡本社長も藤原寛副社長も幹部は軒並みダウンタウンのマネージャー経験者。今田耕司、東野幸治など彼らに続いて大阪から東京に進出して成功したダウンタウンファミリーこそが主流派です。相方の浜田(雅功)さんは『自分はあくまで松本を支える立場』という姿勢で、今回の騒動でも沈黙を貫いています」(同前)

◆松本が宮迫を、加藤が亮を

 しかし今回の騒動は、その松本が動いたことによってこじれたともいえる。

 松本が大崎会長について「うちの兄貴なんで、いなくなったら僕は(吉本を)辞めます」(7月21日放送のフジ系『ワイドナショー』)と明言すると、加藤が翌日、「大崎会長は松本さんとずっとやってきた同志だと思うが、僕は後輩ながら言わしていただきますけど、会社のトップなんです。今の会長、社長の体制が続くなら僕は辞める」(日テレ系『スッキリ』)と訴えた。

「極楽とんぼやロンブーといった初めから東京を拠点にしていた芸人たちにはダウンタウン系列とは違うマネージャーが就いていて、“自分たちは主流派じゃない”という意識があったようです。加藤さんはロンブー亮を可愛がっていたこともあり、非主流派を代表して声を上げたのではないでしょうか」(同前)

 亮とともに会見した宮迫は1990年代はじめ、ナインティナインらと「天然素材」という吉本若手芸人のアイドル的グループとして世に出ており、やや異色の経歴だ。

「天然素材が解散した後、ナイナイはすぐ東京に出て売れっ子になったため、あまり派閥色がない。それに対して宮迫は松本さんにかわいがられて東京での足がかりを得て主流派になった。ナイナイの岡村が6月末のラジオで宮迫について『ちょっと変わってしまった』と言っていたのは、そうした背景もあるのではないか。しかし、宮迫にすれば松本さんと親しいからこそ今回、救済に動いてもらえたわけですから、やはり立ち回りがうまい」(前出・吉本関係者)

 皮肉なことに、宮迫を守るために松本が動き、亮を守るために加藤が動いた結果、解決策をめぐる考えに乖離が生まれ、期せずして両者の路線の違いが表面化してしまったのである。

※週刊ポスト2019年8月9日号

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