吉本お家騒動、三派分裂と明石家さんまの独特の立ち位置

吉本お家騒動、三派分裂と明石家さんまの独特の立ち位置

騒動でこの人にも注目が集まる(時事通信フォト)

 吉本興業の芸人たちによる反社会勢力に関わる闇営業問題では、雨上がり決死隊・宮迫博之とロンドンブーツ1号2号・田村亮らへのパワハラ発言をめぐる岡本昭彦社長のグダグダ会見によって、騒動はさらに大きくなった。これをおさめようと動くと宣言したことにより、ダウンタウン・松本人志が会社のトップとしての力をもっていることも明らかになった。

 そこで注目が集まるのが、もう一人のトップである明石家さんまの動向だ。たけし、タモリと並ぶ「お笑いBIG3」で、松本より芸歴でも上回るさんまなら、この事態を収拾できるようにも思えるが……。

「さんまも大崎(洋)会長とは若手時代からの付き合いではあるが、(初代マネージャーをつとめた)松本―大崎のような深い繋がりはない。所属は吉本だが、『オフィス事務所』という個人事務所を持っているため現体制とは距離がある。だから、『宮迫たちを自分の事務所で面倒見てもいい』という言い方はするが、吉本本体に関わる踏み込んだ発言はしないのでしょう」(芸能レポーターの石川敏男氏)

 さんま以上に騒動と距離を置いているのは、吉本発祥の地である大阪を拠点とする芸人たちである。大阪吉本の中堅芸人が明かす。

「大崎会長と大阪で舞台に立つ芸人たちの考え方には距離感がある。大崎会長がつくったNSC(吉本総合芸能学院)によって6000人もの芸人が生まれたが、それによって師匠のもとで弟子が芸を学ぶという従来の流れが失われた。一方、大阪では今も“大御所連”を頂点にした上下関係があって、新喜劇もあるし身内意識が強い。ただし、その大御所連はいまさら体制批判なんかしない。そうすると大阪でやっている芸人は声を上げづらいんです」

 実際、大阪吉本のベテランである太平サブローは、自分がMCをつとめる『スッキリ』で「今の会長、社長の体制が続くなら僕は辞める」と訴えた加藤浩次の「加藤の乱」に同調する若手の動きに「こいつらふぜいが言うか!」「気に入らんかったらやめろ」と怒りを露わにしている。

 その大阪の大御所連でトップに君臨するのが“三巨頭”である。

「吉本芸人として初めてテレビで全国的人気を博した笑福亭仁鶴、やすし・きよしの漫才でブームを起こした西川きよし、上方落語協会会長を務めた桂文枝(三枝)です。吉本が劇場からテレビに進出する足がかりとなった大功労者である彼らのことを、吉本の上層部はなにがなんでも守る。文枝の愛人スキャンダルが起きた時の徹底擁護ぶりを見れば分かるでしょう。もっとも、彼らには権威はあっても実権はないため、会社経営に口出しすることは一切ない」(在阪の芸能記者)

 前出の大阪吉本の中堅芸人は、主流派のダウンタウン閥、東京吉本の非主流派、そして大阪拠点の芸人という「三派分裂」をこう語る。

「岡本社長がいくら『吉本はファミリーだ』といったって、ほとんど話したこともない東京の連中からしてみればファミリーだなんて思えるはずがない。大阪から東京に行った松本さんたちにとっては大崎体制がファミリーだが、加藤さんたち東京勢や、僕ら大阪勢にとっては違う。分かり合えるはずがないんです」

「さんまは派閥を作らない」

 そうした変化を肌で感じていたのが、ベテラン芸人の島田洋七である。若手時代を吉本興業で過ごし、独立後に1980年代の漫才ブームで大ブレイク。その後1996年に吉本へ復帰し、2007年に再度離脱し現在に至る。

「俺が若手時代は社員も芸人も少なくて、全員の顔と名前を知ってたもん。芸人を尊重してくれたし、辞めたときだってトラブルもなかった。けれどテレビの時代になると、力関係が変わった。テレビに出てないと営業に人が集まらないから、とにかく出て顔を売りたい。だから、芸人がテレビ局に出入りしているマネージャーにすがるようになった。今そのトップにいる大崎と松本のラインにいたほうが仕事を取りやすい、これはしかたないだろうな。

 さんまは違うよ。さんまは会社の力じゃなくて自分の実力だけで売れた。“さんまを作った”って人はおらんし、あいつも派閥なんて作らない。後輩は可愛がるけどね。でも、俺らの時代はみんなそうだった」

 こうした考え方の違いもあり、松本とさんまの共演はほとんどないのだという。

※週刊ポスト2019年8月9日号

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