若き日の大原麗子さん 森進一と渡瀬恒彦の間で揺れた女心

若き日の大原麗子さん 森進一と渡瀬恒彦の間で揺れた女心

バーで大原麗子の愛称は「ビッチ」だった(提供/吉野ママ)

 芸能界からスポーツ界にいたるまで、業界をまたいだ昭和スターたちが集った六本木の伝説のゲイバー「吉野」。38年間ママを務めた吉野寿雄氏(88)は高倉健との交友でも知られたが、高倉と同じく“孤高”のイメージをまといながら吉野ママと特別な関係を築いたのが、8月3日に没後10年を迎えた女優・大原麗子だ。吉野氏が明かす。

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 東京オリンピックが開催される1年前(1963年)頃かしら。デビューしたばかりの大原麗子がウチに来るようになったの。背が小さいから“チビ”を逆にした“ビッチ”っていう愛称で呼ばれていた。まだ16歳くらいで、田辺靖雄とか峰岸徹とかと一緒に「六本木野獣会」っていうグループを作って夜遊びしてたわ。「不良少女」の先駆けね。

〈駆け出しで仕事も少なかった大原は、足繁く「吉野」に通い、閉店後には吉野ママとディスコに行き、ゴーゴーを踊った〉

 私から見たら全然「女優」っぽくなくて、あっけらかんとしてた。気に入らないことがあったら何でも言っちゃうから、誤解されやすかったんだと思うけど、そういう性格だから私は仲良くなれたんじゃないかな。

〈その数年後、「ボーイフレンド」として紹介されたのが、歌手デビューしたばかりの森進一だった。森は、大原が渡瀬恒彦と離婚した後の再婚相手として知られているが、吉野ママによると、実は渡瀬と結婚する前にも親密だった時期があったという〉

 森君は可愛くてハンサムで、あの頃、六本木界隈で一番モテてたんじゃないかしら。ビッチが店に連れてきたのよ。2人はいつも一緒に行動していた。一目見て“男女の関係”と分かるくらい。一緒にお店に来ては、店を閉めた後に、3人で踊りに行ってたわ。

 だが、しばらくして吉野ママは2人が破局したことを聞く。原因は「森に新しいカノジョができたから」だった。

 ビッチはその頃、よく私の家に泊まりにきてた。森君にフラれて寂しかったのかしらね。だから、その後しばらくして、今度は渡瀬さんと結婚したという話を聞いたときは、寝耳に水だったわ。

※週刊ポスト2019年9月6日号

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