「代理出産」から16年、高田延彦&向井亜紀の双子の子が米へ

「代理出産」から16年、高田延彦&向井亜紀の双子の子が米へ

出産会見で喜びの表情を浮かべる高田と向井(2004年1月15日)

 照りつけるような太陽に、カラリとさわやかな風。8月中旬でも、ジメジメとした日本の夏とは違い、のんびりとした空気が流れている。

 アメリカの風光明媚な海岸線から車で数十分ほど離れると、住宅地に出る。その一角にある高校は寮を備え、留学生も学びやすいという。

 その平日は、高校に新入生が初登校する日だった。校舎に吸い込まれていく生徒の中に、高田延彦(57才)と向井亜紀(54才)の双子の長男・万里くん(15才)の姿があった。

「入学するには特別に高い英語力が必要なわけではありませんが、相応の学力と規律正しい生活態度が求められる。アットホームな雰囲気が特徴的な校風で、卒業する頃には“ファミリー”のような関係になります」(現地の教育関係者)

 同校の校長はこう話す。

「バンリ・タカダは今春、両親と学校に来て、面接のみの入学試験を受けました。友人家族の紹介もあったそうです」

 ただ、記念すべき入学の日に、両親の姿はなかった。高田家の知人はこう話す。

「代理母の出産で、あれだけ世間の注目を集めた双子ですから、本人たちが変に意識しないで伸び伸びと生活できるように、ご両親は本当に慈しんで育ててきました。ただ、出産の経緯もあり、2人は『日本国籍』だけでなく、『アメリカ国籍』も持っています。お子さんたちはともに、高校進学を機に両親が暮らす日本を離れ、“産みの母”の母国アメリカで暮らすことを選んだようですね」

 一体、家族の間に何があったのか──。

 1994年に高田と結婚した向井は、2000年9月に妊娠と子宮頸がんが同時に発覚し、同年11月、子宮の全摘出手術を受け、胎児も失う悲しみを味わった。出産ができない体になった向井は、戸惑いから高田に離婚を持ちかけたこともあった。

 しかし、向井は「愛する人の遺伝子を残したい」と、2002年から代理出産に挑み始める。2度の失敗を経て、3度目の挑戦で妊娠に成功。2003年11月、当時31才のアメリカ人のシンディ・ヴァンリードさんが代理母として、アメリカで双子を出産した。

 翌年1月、帰国したふたりは満面の笑みで会見を開いた。双子の写真を掲げ、《万里 結太》の名前を書いた色紙を披露した。

 夫妻の逡巡と決断や、母体になる母親のリスクなどが話題になり、日本中の注目を集めて誕生したベビーだった。

「夫婦には大きな“法的な壁”がありました。日本の法律では『出産した女性』しか母親とは認められず、向井さんのケースでは、出産したシンディさんが実母であり、生まれた子供たちの国籍もアメリカでした」(全国紙社会部記者)

 実際、日本の役所は向井を母とした出生届を受理しなかった。子供たちの戸籍をめぐる争いは最高裁までもつれて3年以上がかかったが、“実子”とは認められず、双子は「日本在住のアメリカ人」とされた。

 壮絶な出生秘話をオープンにしてきた向井は2009年に、「特別養子縁組」(養子となる子供が実親との法的な親子関係を解消し、実の子と同じ親子関係を結ぶ制度)の成立を公表。ブログに喜びの声とともに、《今は日本とアメリカの重国籍ですが、21歳までにどちらの国籍にするか、本人が決めることになるでしょう》と綴った。

◆自身のルーツへの葛藤

 2年前、一家に“異変”が起きていた。

「長年住んでいた豪邸を売却し、引っ越しされたんです。お子さんが中学2年生という半端な時期だったので不思議に思いました」(近隣住人)

 2人は都内の自宅近くの幼稚園に通い、小中学校も地元の公立学校を選んできた。

「お受験させなかったのは、友達が近所にいたからです。仲のいい友達と学校生活を送ってもらいたいと考えたようです」(前出・高田家の知人)

 双子は何かと比較されやすいが、向井はその点にも気を使っていたという。

「それぞれ得意分野を生かせるようにと子育てをしてきた。学歴をつけるよりも“生まれてきてよかった”と思える人生を送れるようにと考えていました」(テレビ局関係者)

 代理出産についても、幼い頃から伝えてきており、高田家のリビングにはシンディさんの写真が飾ってあるという。

「昨年1月、丸岡いずみさん(48才)が代理出産した時も、向井さんは次男の結太くん(15才)と一緒にニュースを見て、代理出産について話し合った。息子さんは“命がけだよね”と話したそうです」(前出・高田家の知人)

 双子も高校生になった。彼らは「二重国籍」を持つ。成人する頃には、「どちらかの国籍を選択しなければならない」という決断も迫られている。

「“実母”とされる代理母への思いもあるのかもしれません。高校からアメリカ留学を選択したことも、彼ら自身の“ルーツ”への葛藤を感じます」(前出・高田家の知人)

 8月下旬の週末、向井本人に話を聞いた。

「留学は本人たちが行きたいと希望したんです。中学2年生の時にサマースクール(夏休み期間だけの特別な短期留学プログラム)に行ったんですがそれから(アメリカへ)行きたくなったみたいで、卒業前の中学3年生の途中から2人一緒に学校に入学しました。去年は9年生(日本でいう高校1年生)なので入学式に出席しましたが、今年は10年生なので行きませんでした。

 それで1年が経ち、2人があまりに仲よしでつい日本語で話をしてしまうので、1年間は別々の学校に通ってみてはどうかと。結太はそのまま学校に残って、万里は違う学校に行ってみたんです」(向井・以下同)

 一方で、今春、日本で通っていた中学校の卒業式にはそろって出席した。

「3年生の1学期まで在籍して、区の方針なのか“学校に籍を置いたまま行っていいです”“卒業式も出てください”と言っていただきました。卒業アルバムにも載せてくださいました」

 大学も海外が考えられる。悩み抜いた末に国籍の選択もアメリカになるのだろうか。

「本人たちは今はすごい楽しいけれど、大学は日本に行きたいって言っています。ただ、これからだとは思うんです。進学のことは正直わかりませんし、いつ戻ってくるかわからないです。留学も本人たちが決めましたし、進学、国籍の選択も本人たちに任せようと思っています」

 双子の代理母であるシンディさんとは、今も連絡を取り合っているという。

「会っていますし、(高校の)卒業式には来てくれると言っています。向こうの卒業式は、みんなで踊ったり帽子を投げたり、派手みたいなので、そこに来てもらう予定です」

 手塩にかけて育てた息子たちが、遠く離れたところで暮らしているが、向井は寂しいそぶりを見せなかった。

「LINEとかで頻繁に連絡を取り合っていますので。“おいしいご飯が食べたい”“やわらかいお肉が食べたい”とか(笑い)。手を離れていくのは、これからだと思います」

 前出の校長は、万里くんの成長に期待を寄せる。

「地元の学生と出会って、英語の理解が深まり、学校で成功することを期待しています。すべては生徒と自分が選んだ友達次第です。すばらしい仲間を見つけて、学校社会の一員として楽しんでほしい」

 親離れ、子離れの時期が近づいていた。

※女性セブン2019年9月12日号

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