職人的役者・柄本明 「自分の姿を見るというのは恥ずかしい」

職人的役者・柄本明 「自分の姿を見るというのは恥ずかしい」

古希を迎えた名俳優が語る

 柄本明は職人的役者である。いい人も、極悪人も、情けない人も、愉快な人も、あらゆる人間の姿形、顔の表情を変えながら演じ切る。医者、教師、刑事、作家、さらには暴力団員や悪役も変幻自在。そこにあるのは、人間の根源にある残酷さや可笑しさを引きずり出すかのような、本物より本物らしい圧倒的なリアリティだ。

 そして、9月13日公開の映画『ある船頭の話』では、明治〜大正期の小舟の船頭トイチ役である。村と町をつなぐ河の渡しをしながら、近代化を進めていく社会と静かに対峙する老人。11年ぶりの主役でほぼすべてのシーンに出続けるが、本人は、こう突き放す。

「変な言い方だけど、僕は船頭でもなんでもないわけでしょ(笑い)。船頭の格好をしているから、船頭っていうことですよ。よく“役の気持ち”とかって言うんだけど、本物の船頭じゃないのに気持ちなんてないですよ。もちろん、台本を読めばわからなくはないし、まあ、船頭さんに見えればいいなとは思いますけど」

『ある船頭の話』の脚本・監督を務めたオダギリ ジョーは、柄本を起用した理由をプログラムにこう記す。

〈柄本さんとは何度も共演していますが、心を許してくれている感じがなく、僕はそこが好きだったんです。(中略)柄本さんが持つ独特のねじれとか、何を考えているのか分からない怖さみたいなものがトイチから滲み出ることになり、それがキャラクターの奥深さにつながることを期待しました〉

 出演作品が数百本を数える名優は、シャイな上に考え深く、簡単には胸襟を開いてこない。吐き出す言葉は常にどこかシニカルだ。だから、主演作の感想もこうなる。

「自分の姿を見るというのは、どこかおぞましいというのが先に立ちますよね。だから、評価はできないです。わかんない、というのが正直なところです。恥ずかしいし。でも、その恥ずかしさと戦うんでしょうね。みんながいるところで泣いたり叫んだりするんだもの、恥ずかしくないわけないですよ」

 いまや、映像の世界に不可欠とされる役者のスタートは、舞台である。自由劇場に参加後の1976年、ベンガル、綾田俊樹らと「東京乾電池」を結成。以来、この劇団に片足を置き続けている。

 柄本には、『カンゾー先生』『うなぎ』など代表作も多いが、その一方で、強い印象を残した『万引き家族』のように、ほんの数分足らずの出演という作品も少なくない。出演作の選択基準についてはさらっとこう言う。

「こういう仕事って、基本、需要と供給のバランスで、自分のスケジュールが空いてりゃ、やるってことですよね。今回の『船頭』は出ずっぱりの役ですから、ある種特別なものはありますけど、でも、お仕事がくれば、だいたいやらせていただいております!」

 作品によって思いの込め方、のめり込み方は違うのだろうか。

「そんなに変わんないですよ。その場所に行くんですよ。現場でこういう格好をして、こういうことをしてくれと言われたら、それをするんです。別に積極的な気持ちがないわけじゃないですよ。だけれども、そういう仕事なんだもの。船頭なら、船頭の格好をして、舟を漕ぐんですよ。暑い中、嫌だなぁと思いながら(笑い)」

 やはり、職人なのだ。台本をひたすら読み込み、目の前の仕事を愚直なまでにこなしていく。その結果、その経験がまた厚みとなって積み重なる。

「そりゃ、意に沿わない仕事だってあるでしょ。これは70%オッケーだな、とか。誰でもあるでしょ、生きている人間にはみんな。すべて素晴らしい素晴らしいで来たら最高だけど、そんなわけなくてね。まあ、生きているということはそういうことだものね。それと、僕の場合、劇団をやってますから。こっちは何も“おあし”がないですけどね。僕は劇団から始め、そこが自分の場所ではありますし。劇団員70人もいるんですよ。そういうのが嫌いじゃないんでしょうね」

 柄本の仕事は、いまやどちらかというとシリアスな印象のものが多いが、一方で、笑いやコメディに対しても情熱を注いできた。

「基本は、何をするにしても、喜劇じゃないですかね。いま、軽演劇のいわゆる“アチャラカ”がなくなっちゃったのが残念ですよ。伊東四朗さんや小松政夫さんあたりを最後に。三木のり平先生とか渥美清さんのような喜劇ができればいいんですけどね」

 自身も笑いへの挑戦は続けている。バラエティ番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』では、志村けんと名作コントも残してきた。

「志村さんとお仕事させていただくときは、ほんと緊張します。いまも怖いですね。志村さんの掌で転がされている、そんな感じです。同じことをやり続けていることがすごい。同じだけど、常にそれが新しい。ずっと笑いを考え、戦っているんだと思います」

 古希を迎えた職人的役者は、これからもひたすら作品を重ね、演技にさらに深みを帯びさせていくのだろう。が、柄本自身は、そんな気負いを一切見せない。終始シニカルなままだ。

「あぁ、この仕事って、くだらねぇなあ、と思えたらいいです。くだらないってことが僕なんかの中では最高なんですけどね。自分の仕事を素晴らしいとかっていうのは、どうも思わないなあ。縁遠いなあ。こういう映画を見てね、素晴らしいって言えりゃいいんだけど、自分の姿を見てね、舟漕いでいるのを見てね、やっぱりそうは言えないよね(笑い)」

●えもと・あきら/1948年生まれ、東京都出身。1976年劇団「東京乾電池」をベンガル、綾田俊樹とともに結成、座長を務める。1998年『カンゾー先生』にて第22回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。舞台、映画、テレビドラマに多数出演し、2011年には紫綬褒章を受章。

◆撮影/江森康之、取材・文/一志治夫

※週刊ポスト2019年9月13日号

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