加山雄三の心に今も刻まれている黒澤明監督の言葉

加山雄三の心に今も刻まれている黒澤明監督の言葉

加山雄三が振り返る黒澤明監督の思い出

“世界のクロサワ”は画面の隅々まで計算し、一切の妥協を許さなかった。どんな世界でも、名監督には「言葉」の力があった。俳優・加山雄三(79)が、今も心に刻まれている黒澤明監督の言葉について振り返る。

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 黒澤監督に初めてお会いしたのは映画『椿三十郎』(1962年)でした。「とても怖い人だ」と聞いていたので、25歳と若手だった僕は緊張していたんですが、監督はこう言いました。

「お前は白紙でいいからな」

 どういうことなのか、僕なりに色々と考えましたが、初めは分からなかった。だが、撮影が進むうちに「白紙の僕に監督が自由に絵を描く」ということだと分かってきた。でも、この言葉にはもっと深い意味があったんです。こうも言われた。

「台詞なんか覚えなくていい」

 じゃあどうやって演じればいいのか。不思議でしょ? すると監督は「台詞というのはな、思えば出てくるものなんだ」と。役になりきっていれば台詞も自然と出てくる。覚えたことを言うのと、思っていることを言うのとでは全然違う。台詞を覚えることばかりではダメなんだ、と。つまり「お前は白紙でいいからな」というのは、「テクニックだけで演じていてはダメだ」という意味でもあったんです。

 この言葉の真意を知ってからは、監督に対する印象がガラリと変わりました。それまでは怖い人だとばかり思っていたけど、役者の魅力を引き出そうといつも考えてくれている人なんだと。

『椿三十郎』が終わった時、僕はこう心に決めていました。「こんなすごい人と出会えたんだから、絶対にこの世界で生き残っていくぞ」ってね。黒澤監督が言ってくれた「白紙でいいからな」という言葉は今も僕の役者としての礎になっています。

 次に『赤ひげ』(1965年)に出演させてもらいましたが、その時、僕は演じている「保本登」という若い医者と現実の自分を重ねていました。保本は赤ひげの療養所で、テクニックだけじゃない、医療の本質、医者の心を学んでいく。それと同じように加山雄三という若い役者が、黒澤明が監督する撮影所で、演じることの本質を学んでいるんだ、と。

 監督は役者の心を見ていましたね。厳しい人で、撮影現場はいつも張り詰めた空気でした。ある時、撮影に身の入っていない役者に向かって、監督が静かにこう言ったんです。「これじゃあ仕事にならない。なぁ、キミ、もう辞めるか」。次の日、その人は現場にいませんでした。つまり降ろされちゃった。その緊張感たるやすさまじいものでした。

 でも、ただ怖いだけじゃなくて、現場が緊張しすぎている時には、時々場を和ませるような冗談もいう。ある時、待ち時間が長くて僕がちょっと気を抜いていると、監督がみんなに聞こえるようにハンドマイクで「お~い加山、鼻くそほじるのはやめろ」と(笑い)。おかげで緊張した空気がふ~っと解けて、いい芝居ができました。まさに不世出の名監督でした。

●かやま・ゆうぞう/1937年、神奈川県生まれ。慶大卒業後、23歳の時に映画『男対男』(1960年)でデビュー。翌年、『夜の太陽/大学の若大将』で歌手デビュー。以後、映画「若大将シリーズ」などで人気を集める。

※週刊ポスト2016年10月14・21日号

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