宮川花子 胃がんと聞いたのは手術5年後だった

宮川花子 胃がんと聞いたのは手術5年後だった

宮川大助・花子ががん手術を振り返る

 夫婦漫才コンビで知られる「宮川大助・花子」の宮川花子(61才)が、胃がんとわかったのは、コンビ結成から10年目の1988年のこと。花子が33才、大助が38才のとき、長女はまだ小学4年生だった。

「当時はがん告知もなかった時代です。あれから30年あまり、今は病気や治療に対する考え方や世間の風潮も変わっている。ある意味私の体験は昔話です」

 そう話す花子は、当初「良性ポリープ」だと聞かされ、がんだと知らされたのは、手術して5年も経ってからのこと。それゆえ、あの時の自分と同じ年代でがんになり、同じように子供がいる小林麻央への思いも大きい。花子は言う。

「私は正式にがんだという告知は聞いていなかったから、その意味で麻央さんが告知されて公表し、自分と闘っているのは凄いと思います。病気との闘いはもちろんですが、自己との闘いでしょうね。他人事じゃなく、がんばって生き抜いてほしいと思います」

 一方の大助(66才)は、医師から、花子本人に代わって告知され、それを隠し通した。当時のことをこう振り返る。

「自分の顔色が蒼白になったのがわかるほどでした。ぼくも肝臓の数値が悪く“3か月ほど休みなさい”と言われたんですけど、自分の肝臓のことは棚に上げて、1日も休みませんでした」

 大助が舞台に立ち続けたのは、芸人として人気絶頂で穴をあけられなかったこともあるが、小学生の娘を抱え、決して安定した仕事とはいえない芸能界でなんとか生きて行かなければという必死な思いからだった。

「漫才の世界も、センターマイクを守るというのが大事なんです。大助くんは私が戻って来た時にちゃんと居場所があるように、必死で舞台を守ってくれていた」(花子)

 また、大助には「花子に負担をかけすぎたから、こうなってしまったのでは」という負い目もあった。

「花子はずっと忙しくしていて、母親の役目ができないことがいちばんつらかったんだと思います。入院した嫁はんに『誰がこんな体にしたんや!』と言われて…。大失敗ですよね。それまで、ぼくは人生に自信を持っていたんです。でも、自分の夢のために嫁はんを犠牲にしてしまったんじゃないか、もっと早く花子の変化に気がつければ、と後悔しました」

「あの時こうしていれば」「もっと早く気がつけば」いちばん近くにいる家族だからこそ、そんな気持ちを抱え込んでしまう。

 前出の花子は胃の5分の1を取る手術を受け、約3か月間、入院生活を送った。花子は「病名は知らされていないが術後は不安で仕方なかった」と話す。

「母親と看護師が“転移が…”とひそひそ話しているのも聞いていたし、うすうすは感じていました。もしかしてがん…? そんなことばかり思っていたし、手術後の痛みもあって、肉体的にも精神的にもまいっていました」

 不安に追い詰められ、病室を訪れた大助にこんなことを言ったこともある。

「私、別れてもええ。こんな体の弱いやつ、嫌やろ。いつ別れてもええ。もう看病せんでもええで」

 そんな花子に大助は、これまでにない大声で怒鳴った。

「あほか~っ! 見損なうな。嫁のひとりぐらい病気になったからいうて、それで負けるような、捨てて逃げるような、弱い男と違うぞ!」

 そして大助はこう続けた。

「心配すな。絶対元気になる。がんばらなあかん。本人が負けてどないするんや」

 このときの大助の言葉が、退院してからもずっと、花子の支えとなった。

※女性セブン2016年10月27日号

関連記事(外部サイト)