一人芝居の名手・イッセー尾形、二人以上だとどう感じるのか

一人芝居の名手・イッセー尾形、二人以上だとどう感じるのか

一人芝居の名手が極意を語った

 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、一人芝居がスタンダードである俳優・イッセー尾形が、ドラマや映画で二人以上になって芝居をすることについて語った言葉をお届けする。

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 イッセー尾形は一人芝居で活躍する一方、映像作品にも出演してきた。一九八一年の青島幸男主演『意地悪ばあさん』(フジテレビ)では警官役だった。

「これはリハーサルなしですぐに『自転車に乗って電信柱にぶつかってごらん』と言われてびっくりした覚えがあります。僕にとって道路というのは歩く場所で、芝居をする場所ではなかったので、違和感というか、くすぐったさがありました。

 僕にとっては一人芝居がスタンダードで、他の誰かが出てくるというのはアンチ・スタンダードなんです。なので、むしろ驚く。他の役者さんと逆だと思います。一人芝居を『少ない』と感じるのではなく、一人でない状況を『多い』と感じてしまう。たくさんのオブジェに囲まれている感覚といいますか」

 映画『男はつらいよ』シリーズには八六年の『幸福の青い鳥』から八九年の『ぼくの伯父さん』まで五作続けて出演、主演の渥美清とコミカルな芝居を見せた。

「紀伊國屋ホールでの僕の一人芝居を渥美清さんが観に来てくださったんですよね。やっていると、客席みんな笑っていてくれているのに、どうも一人だけ笑ってない人がいるんです。嫌だな、と思いながらふと見るとそれが渥美清さんで。『ああ、つまらなかったんだな』と思っていたら、しばらくしたら渥美さんが呼んでくださったんです。

 撮影現場では芝居論や演劇論は一切なくて、優しく見守っているという感じでしたね。『ここだけちょっとドタバタやろうか。その方が面白くなるよ』とかアドバイスをもらいました」

 八七年にはNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』に出演、伊達政宗の叔父・国分盛重を演じた。

「ジェームス三木さんのホンに僕の役が面白く描かれているんですよ。姑息だったり、大将として空威張りしていたり、コソコソっと逃げたらまた戻ってきたり。非常に人間味がある。そういう風に心揺れる役の方が心が揺れない役より面白いですからね」

 二〇〇〇年には台湾のエドワード・ヤン監督の映画『ヤンヤン 夏の想い出』にも出演した。

「僕のところに話が来て面接になって、『どんな役をイメージしていますか?』と監督さんに問いかけました。当時の日本人はエコノミック・アニマルと言われていて、ガツガツしたイメージをアジアの人は持っていると思っていました。ところが、ヤンさんが『この映画に関してはそういう描き方をしたくない』とハッキリと意見を持っていて。それで人に脅威を与えない、優しい人物として演じました。

 接し方は日本の監督とはまるで違います。『こんな気持ちで演じて』というのはなくて、映像のフォルムから入る。

 でも、その向こうにある内面を自分でこさえておかないとオーケーは出ません。スリリングでしたし、楽しかったですね。

 その前に海外公演もしていましたが、向こうのお客さんは何を想像しているか予想つかないんです。だからこそ面白い。

 監督さんになると、もっと先鋭化された言葉で接することができます。それが醍醐味でした」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。

■撮影/藤岡正樹

※週刊ポスト2019年11月29日号

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