ヤクザ映画TOP20調査 その変遷と証人たちが語る逸話

ヤクザ映画TOP20調査 その変遷と証人たちが語る逸話

日本のヤクザ映画1位は?(写真は菅原文太。時事通信フォト)

『孤狼の血』を始め、日本のヤクザ映画が近年盛り返しを見せている。そこで本誌・週刊ポストは「好きなヤクザ映画」のアンケートを実施。読者1000人が選んだ傑作の1位に輝いたのは、『仁義なき戦い』(1973年)だった(別掲のランキング表参照)。

「こんなに血みどろのヤクザ映画は見たことがなかった」(63歳自営業)

「主人公・広能(菅原文太)の最後の言葉『山守さん、弾はまだ残っとるがよう』は、映画史に残る名セリフ」(68歳無職)

 戦後、実際にあった「広島抗争」の当事者のひとり、美能組初代組長・美能幸三(広能のモデル)の手記が原作。同作でプロデューサーを務めた日下部五朗氏が語る。

「正義なんざくそくらえ。きれいごとじゃない、裏切り裏切られの濃密な人間関係が画面に噴出していました。それまでのヤクザ映画といえば、任侠世界の様式美を描いてきましたが、次第に飽きられてきましてね。実録路線に舵を切った最初の作品が、『仁義なき戦い』だったんです。

 ヒットの要因は、笠原和夫さんの脚本に尽きます。速射砲のような広島弁の応酬に、どこか気高さがあった。千葉真一演じる大友勝利の『あれらはオメコの汁で飯食うとるんで!』(シリーズ第2作『広島死闘篇』)という台詞なんか、文字にすると卑しいですが、声で聞くと美しくさえ感じる」

 ヤクザの様式美を描いた「仁義以前」の作品も根強い人気を誇る。高倉健主演のヤクザ映画がその代表だ。『網走番外地』(1965年・2位)を始め、『昭和残侠伝』(1965年・5位)、『日本侠客伝』(1964年・6位)と3作がベスト10入りしている。

 のちに高倉の主演作『三代目襲名』で脚本を務めた高田宏治氏が、高倉出演作品の魅力を語る。

「戦後まもない1950〜1960年代前半のヤクザ映画は、鶴田浩二さんの作品に代表されるように、情念に突き動かされる主人公たちの物語でした。しかし、高倉作品ではそこに理性が加わった。殺した後の虚しさや後悔が描かれたわけです。その哀愁を高倉さんは全身で表現した。様式美の高倉作品もまた、それ以前のヤクザ映画と比べて画期的だった」

 引き合いに出た鶴田主演の作品も『人生劇場 飛車角』(1963年)が10位に入った。

◆「題名だけいただきます」

 女性目線でヤクザの世界を描いた作品もランクインした。『鬼龍院花子の生涯』(1982年・8位)、『極道の妻たち』(1986年・4位)だ。『鬼龍院花子の生涯』といえば夏目雅子の代表作。

「決めセリフ『なめたらいかんぜよ』には痺れた」(60歳会社員)

 映画史・時代劇研究家の春日太一氏が解説する。

「それまでのヤクザ映画とは大きな違いが2つあった。ひとつは添え物的な扱いをされていた、女性たちの存在がクローズアップされたこと。主人公の鬼政(仲代達矢)は正妻と妾を同居させていて、彼女たちの『女の戦い』がヤクザの抗争以上にドラマチックに描かれている。

 もうひとつは、家族や父子の情に物語の主軸があること。鬼政の養女・松恵(夏目)の目を通して話が描かれて、彼女と鬼政の相克と和解が観る者の感動を呼ぶ。五社英雄監督が、それまで得意としてきたバイオレンス演出を封印し、情感を掘り下げたことも加わり、アウトローものが苦手の人も含めて幅広く支持される、普遍的な人間ドラマになりました」

 この『鬼龍院花子の生涯』と『極道の妻たち』双方の脚本を手掛けたのが、前出の高田氏である。

「女性が窮地に陥った“惚れた男”のために立ち上がり、戦う映画が作りたかったんです。極妻は家田荘子さんの同名ルポが原作ですが、亭主が浮気するとか、家に金を入れないといった、女が苦労する話。家田さんには申し訳ないけど『題名だけいただきます』という気持ちだった(笑い)。脚本をプロデューサーの日下部さんに見せたら、『自分が考えていたのとは違うけど、面白いからこれで行こう!』と乗ってきた」(高田氏)

 岩下志麻主演の1作目は空前の大ヒット。以降、シリーズは10作を数えた。

 現代のヤクザ映画を代表するのは、北野武作品だろう。『アウトレイジ』シリーズ3作品がすべてベスト20入りしている。

「なによりも役者たちの顔面バトルがすごい。個性派俳優たちがドアップで怒りを爆発させる様は圧巻だった」(51歳会社員)

 映画評論家の秋本鉄次氏が語る。

「北野作品には、主人公が“どこでケジメをつけるか”を模索しながら、死に場所を求めて彷徨っている。それが観る者の心を揺り動かすんです」

※週刊ポスト2019年12月13日号

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