小柳ルミ子 60代以上の健康と幸せは「パッション」にかかっている

小柳ルミ子 60代以上の健康と幸せは「パッション」にかかっている

小柳ルミ子さんはサッカーを年間約2000試合観戦するという

 米・ワシントンDC在住のライフコーチ、ボーク重子さんは、新刊『「パッション」の見つけ方』のテーマである「パッション」について語るとき、必ず心に浮かぶ人がいるという。それは、昭和の歌謡史に名を刻み、今ではサッカーコメンテーターとして、また人気ブロガーとしても新たなファンを獲得している歌手・小柳ルミ子さんのこと。

「パッション」、それは日本語に訳せば“情熱”のことながら、ここでいうパッションは少しニュアンスが違う。大好きで、それさえあれば困難にも打ち克てる人生のエンジンのようなもの。その対象は、仕事でも趣味でもボランティアでも何でもありだ。

 67歳になった今もサッカーに対するパッションで毎日が楽しいという小柳さんと、アメリカで現代アートギャラリーを開いて成功させ、50歳でライフコーチとして新たな挑戦を始めた現在54歳のボークさんの念願の対談が実現した。

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ボーク重子(以下、重子):やっとお会いできて嬉しいです。人生100年時代の今、60代半ばを過ぎて、こんなにキラキラしているルミ子さんの存在は、本当にずっと憧れでした。

小柳ルミ子(以下、ルミ子):光栄です! 私は若い頃、日本を出てブロードウェーに挑戦しようかと考えたことがあって、語学やいろいろな問題で結局実現しなかったのですが、お一人で海外に渡って人生を切り拓いていらっしゃること、心から尊敬します。

重子:ありがとうございます。私は子どものころに母とよくルミ子さんをテレビで観ていて、すごく綺麗だし、歌が上手な素敵なかただと思っていました。長い間日本の芸能界の第一線で活躍されるだけでもすごいのに、いまは世界のサッカーに関してプロ顔負けの分析・解説をなさっています。きっかけはなんだったのですか?

ルミ子:いろいろありましたが、本当に熱中するようになったのは、今から15〜16年ほと前、メッシがサッカー界に登場してからですね。そのときメッシは17歳の少年でした。ホルモン異常の難病で背が伸びないという問題を克服してのデビューでしたが、彼のその類い希な技術・人間力とパッションにあっという間にメッシの虜になりました。365日毎日サッカーを観ているうちに、それはまさに人生の縮図だと感じ、ますますのめり込みました。

重子:年間約2000試合観ていらっしゃるとお聞きしました。世界の試合を観戦することになれば、時差もありますから寝る時間も削ることになりますが、それはご苦労ではないのですか?

ルミ子:全然(笑)。本当に、サッカーが好きで、観ていると楽しいし、勉強になるんです。だから、サッカーについて知るのは、楽しいことでしかないんです。何も苦になりません。寝不足はへっちゃらです。

重子:サッカーはルミ子さんにとって何でしょう。

ルミ子:人生にものすごい彩りを添えてくれたというか・・・・、いつか年老いて旅立つまで、今後の人生にとても大きな楽しみを与えてくれると思います。

 私は、子どものころから歌やバレエなど芸事をずっとやってきて、そのほかのことはあまり知らないできたんですね。この世界に入ってからもとても忙しくて、他の世界のかたと知り合うチャンスもなかなかない。芸事一筋できたので、そのまま死んでいくんじゃ寂しいじゃないですか。サッカーを通して、いろんな世界があって、いろいろな人たちがいることを知り、そこから学んだり、それを逆に芸事に活かしたりと、本当に人生が倍以上豊かになった気がします。

重子:それがパッションの持つ力ですよね。新刊『「パッション」の見つけ方』にも書きましたが、私も最初にワシントンDCでギャラリーを開く決心をしたときに、周囲からさんざん「絶対無理」「失敗する」と言われましたが、結局やりとおすことができたのは、アートに対する大きなパッションがあったからです。アートが好きという自分のパッションを、その頃はまだ見下されがちだったアジアのアートの素晴らしさを伝えたいという、目的のある“外向き”のパッションに育ててからは、もう本当に猪突猛進、どんなに困難な状況が起きても恐れず突き進みました。

ルミ子:そこ! それですよね。パッションはいつも「問題解決力」がセットになっていると思うんです。いくら好きでも、それだけではやり通すことはできない。何を始めたとしても、大なり小なり必ず困難なことが起きます。それをどう解決して前に進むか。それは、自分の手で解決しなければいけないんです。最近パッションという言葉が周りであまり聞かれなくなってきたのは、その問題解決から逃げてしまう人が多いからでしょうか。

重子:そうかもしれませんね。アメリカでは、その「問題解決力」を育む教育が幼稚園から熱心に行われています。自分のパッションをどう見つけるか、見つけたらどう育てていくか、さらに、それをやりとおすためにどう問題を解決していくか。いわば人間力ともいえるその力を、3〜4歳の頃からずっと育んでいく教育システムがあるのは、アメリカの強みかもしれません。

ルミ子:そうですね。パッションが子どもにとって長い人生を生きていくエンジンになるのは間違いないでしょうけれど、60代以上のシニアにとっても、パッションがあるのとないのでは、人生の豊かさに大きな差があると思います。英会話の勉強、ダンスのレッスン、スポーツ、映画鑑賞、食べ歩き、あるいは何かのボランティアでも何でもいい。私にとってはサッカーですが、そのかたにとって大好きなものならなんでもいいと思うんです。パッションがあれば、人とのつながり、コミュニティ、社会とのつながりが必ず広がっていきます。年代を超えてのコミュニケーションも増えますから、楽しいですよ! そうなっていくと心がとても前向きになりますから、体も健康になると思います。

重子:そうなんです! 私の夫は70代ですが、バレエにパッションを持っていて、地元のバレエ団のため、今も元気にさまざまな活動をしています。(以下、後編)

●撮影/浅野剛

【PROFILE】
●小柳ルミ子(こやなぎ・るみこ)/福岡県出身。宝塚音楽学校を主席で卒業し、NHK連続テレビ小説「虹」で女優デビュー。1971年「わたしの城下町」で歌手デビュー、この曲が160万枚の大ヒットとなり、日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。1993年「誘拐報道」で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、1984年「白蛇抄」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞。以来、豊かな歌唱力と確かな演技力で、テレビ・映画・舞台にと活躍している。現在は、サッカーを年間約2000試合観戦し、本も出版している(『パスコースがない?じゃあ、つくればいい。』東京書籍刊)。

●ボーク重子(ぼーく・しげこ)/福島県出身。米。ワシントンDC在住のライフコーチ。ロンドンのサザビーズ・インスティテュート・オブ・アートで現代美術史の修士号を取得後、渡米。2004年、アジア現代アートギャラリーをオープン、2006年、ワシントニアン誌上でオバマ前大統領(当時は上院議員)と共に「ワシントンの美しい25人」のひとりとして紹介される。また、一人娘・スカイは2017年、「全米最優秀女子高生」コンテストで優勝、日米のメディアに取りあげられた。最新刊『「パッション」の見つけ方 「人生100年ずっと幸せ」の最強ルール』が話題。

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