竹内涼真『テセウスの船』が『麒麟がくる』を凌駕していた点

竹内涼真『テセウスの船』が『麒麟がくる』を凌駕していた点

番組公式HPより

 最近は録画視聴が当たり前になっているとはいえ、ほぼ同時間帯に放送されるドラマとなればそのクオリテイの差はどうしても気になるものである。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が日曜劇場と大河ドラマについて分析した。

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 NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の話題にかき消された観もある、竹内涼真主演のTBS日曜劇場『テセウスの船』(午後9時)。大河のスタートと同日の1月19日に第1話がスタートし、初回視聴率は11.1%と二桁台に載せました。この状況下ではなかなかの好発進と言ってよいでしょう。予断を持たずまっさらの状態で視聴し、終わった後に強い印象を抱いた視聴者もいたのでは? 何と言っても「竹内涼真」という俳優の、凄まじい集中力が画面にみなぎっていたからです。

『テセウスの船』は、東元俊哉氏による漫画が原作の連続ドラマ。主人公・心(竹内涼真)は警察官の父が起こした殺人事件が元で、小さな頃から肩身の狭い生活をし差別的待遇も受けてきた。大人になり結婚しても、最愛の妻は出産を機に亡くなってしまう不幸。「あなたの父親を信じてみて」という一言を残した妻。それが事件の謎を追うきっかけとなり、心は父・文吾が事件を起こした雪深い田舎の村の現場へと向かう。すると、事件が起こる前の1989年へと心はタイムスリップしてしまい、父と出会い……。

 主人公が「31年にタイムスリップ」して「実の父親と息子が対話する」という、考えてみれば非常にトリッキーな展開。それがあまりにフィクショナルに過ぎて、少し間違えれば「荒唐無稽」に転落しそう……というギリギリの所で、視聴者の心配を見事に押さえ込みグイグイと物語世界の中へ引っ張り込んでいった。荒技を見せた竹内涼真さんがアッパレです。

 緊張感と集中力が途切れず一時も気を抜かず、「父の本当の姿を探す男」になりきって叫ぶその迫力。もしかしたら、プロサッカー選手になるため練習に励みヴェルディのユースチームで培ってきた闘争心と捨て身の勝負心が、いよいよ俳優業で結実したのかもしれない。そう思わせてくれる程の凄まじい集中力で、視聴者は画面から目を離せなくなりました。

 そしてもう一人、成りきり力の凄い役者が父・文吾役の鈴木亮平さん。殺人犯として新聞に掲載された写真の顔は、目をひん剥いた形相。小さな白黒写真がこうも物語らせるパワーを持っているのか、とびっくりするほど。それくらい鬼気迫る目付きです。「役者の気力」がドラマを牽引していく原動力なのだ、という実にシンプルで本質的なことを、改めて感じさせてくれた初回でした。

 もう一つ、絵空事の物語の中で視聴者を迷える子羊にしないための優れた仕掛けがありました。それが「見取り図」です。過去にどんなことがあったのか。親子関係は。今の状況は。コンパクトで的確な見取り図を提示した。この点は同日スタートの大河ドラマ『麒麟がくる』を凌駕していたと言ってもいいほど。

 大河ドラマの初回は、明智光秀、松永久秀、斎藤道三といった独特な「キャラクター」が立ち上がってきていましたが、一方で時代背景や各武将たちがどこをどう支配しどんな緊張関係に置かれていたのか、といった全体の「見取り図」の方はちょっともの足りなかった。過去の歴史を描く大河ドラマでは特に、こうした見取り図は不可欠のはず。今後の展開を円滑にして視聴者が物語のポイントを把握するためにも、重要な要素になる。大河の初回はキャラクターを際立たせることに熱中になりすぎた観もあって、「見取り図」の描き方については『テセウスの船』の方に軍配が上がりそうです。

『テセウスの船』という謎めいたタイトルも意味深です。その言葉とは何なのか、調べてみるとギリシャ神話の中のエピソードだとか。「英雄テセウスの船を後世に残すには、老朽化した部分を新しいものに交換する必要がある。しかし部分を新しくした時、果たしてその船はもとの船と同じと言えるのか」という哲学的問いのこと。「同一性とは何か」という命題です。

 実は日本にもよく知られている事例があります。伊勢神宮の式年遷宮は20年経るごとに作り替えていく独特な文化的様式で、建物の柱や屋根などすべて新しい材に取り替えられますが、出来上がったものは「伊勢神宮」として認識されます。これもよくよく考えてみると、式年遷宮の前と後とで「同じ」と言えるのかどうか。同一性のパラドックスの一例とも言えそうです。

 という一風変わった意味深なタイトルを持つこのドラマ。スリリングなミステリーの根底に、深淵なる問いも横たわっていそう。ぜひ緊張感を途切らせることなく、竹内・鈴木両俳優がガンガン視聴者を引っ張っていって欲しい。そして、「犯人は誰か」という謎解きに留まらず、「同一性とは何か」という哲学的思索にも触れつつ、独自のドラマ世界を描き出してくれることを期待しています。

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