写真家・沢渡朔氏が回想 秋吉久美子、手塚理美らの撮影秘話

写真家・沢渡朔氏が回想 秋吉久美子、手塚理美らの撮影秘話

手塚理美(当時19歳。『少女だった』1981年・小学館より)

 篠山紀信氏とともに日本の写真界を牽引しつづけてきた沢渡朔氏(77)。女性を美しく撮ることに心血を注いできた撮影哲学とは。半世紀を超える写真家人生を振り返る。

『少女アリス』出版の1973年には、まだデビューしたばかりの秋吉久美子のヌードを漫画誌『ビッグコミック』で撮影した。

「彼女には女優として生きていくという覚悟を感じましたね。突っ張っているところがすごく良かった。いわゆるモデルの女の子たちと違い、根性のある人だなと思いました」

 秋吉はその復刻版写真集を出版した昨年、本誌のインタビューに「最初ヌードになるとは聞いていなかった」と答えている。

「そうなんですか(笑い)。事務所の社長は脱がせると決めていたんじゃない? あの頃はだいたい現場の流れ次第で……みたいな感じがありましたね。だから、脱がせるテクニックを持った篠山紀信や立木義浩さんのような会話が上手な写真家が重宝されたんですよ」

 1975年には、ユニチカ2代目マスコットガールで当時14歳の手塚理美と出会い、その後、毎年シャッターを切り続けた。1980年には、大学のクラスメイトである篠山に誘われ、創刊したばかりの写真誌『写楽』に参加。手塚の10代最後の年には同誌でヌードを撮影し、写真集を出版した。

「東京の他、ニューカレドニア、フィリピンへ行き、1年かけて撮影しました。『20歳になる前に』という本人の希望でした。そんなにセクシーな感じには写っていないと思いますけどね。

 僕は元々グラビア系のカメラマンではないから、押さえるべきところを押さえていないかもしれない。良くも悪くも、自分の世界で撮りたいという考え方です。理美ちゃんとは昨年、久しぶりに会いました」

『写楽』では、竹下景子や朝加真由美、范文雀などの名だたる女優をカメラでセクシーに捉えた。この頃から沢渡は徐々にグラビアに活躍の場を移していく。撮影中、沢渡は積極的に喋ることはなく、指示さえほとんどしないという。

「『寝そべって』『立って』『動いて』と、簡単なことを言う程度ですね。被写体が自然に動くようにさせる方がいい。いかに動くムードを作るかがポイントです」

 被写体の気持ちを盛り上げるために、「かわいいね~!」「グーッ!」と声を掛けるカメラマンも多い中で、珍しいタイプだ。『ミス日本』に選出された大竹一重は、1994年に沢渡の撮影でヘアヌードに挑戦。のちに、ある雑誌でこう語っている。

〈沢渡先生は物静かで、それがすごく良かった。「いいねー、キレイだねー」と言いながら撮る方もいるけど、私はそれだとかえって冷めてしまうんです〉

「ファッションを撮っている頃、ヘアメイクや編集者が、モデルを1分ごとに『綺麗!』『かわいい!』と盛り上げていたんですよ。そんな不自然なこと恥ずかしくてできないな、と思っていたから(笑い)。

 篠山や加納典明のように話術でグイグイ攻めていく感じでもないしね。僕のような写真家もいていいんじゃないですか」

 小栗香織は自ら沢渡を指名し、2000年に『十一年後』というヘアヌード写真集を出版した。撮影時に、小栗が「2人だけで撮ってほしい」と懇願。マネージャーやアシスタントは撮影現場から退いた。女優の心を掴むテクニックがあるのか。

「そんなものはないですよ(笑い)。僕からそう頼むことなんて、まずありません。だって、言って叶うわけじゃないし、性格的に根回しとかできないんですよ。全て言われたことを受けるだけ」

 自然体が女性の心をほぐし、良い写真が生まれるのか。

「小栗さんは、例えるなら海のイメージでしたね。撮影中は特に言葉を交わすことなく、彼女が口に指を入れれば、僕がそこにカメラを向けるという感じ。2人でストーリーを展開させていきました。その後も3冊の写真集を作り、女性ファッション誌では妊婦姿も撮った」

撮影■沢渡朔

※週刊ポスト2017年5月26日号

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