北見敏之 「ロマンポルノには脚本の面白さ、物語がある」

北見敏之 「ロマンポルノには脚本の面白さ、物語がある」

ロマンポルノは何がスゴかったのか

 1971年にスタートし、監督やスタッフ、俳優や女優など多彩な人材を輩出したロマンポルノ。現在の邦画の隆盛の礎ともなったロマンポルノとは、いったい何だったのか? 『さすらいの恋人 眩暈』(1978年)に出演した北見敏之がこう振り返る。

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 神代辰巳監督の『一条さゆり 濡れた欲情』(1972年)が、僕の人生を変えた1本です。当時はゴダールやトリュフォーなどのヨーロッパ映画が好きだったんですが、日本にはそういう人生の真実みたいなものの気配を感じさせてくれる映画がほとんど存在しなかった。

 そしたら日活で石原裕次郎の後の世代の人たちが映画を撮るという新しい動きが始まって、それがロマンポルノだったんです。これは面白いなと思った。ヒーローが出てこなくて、リアリティがありましたからね。

 ロマンポルノには脚本の面白さがあります。物語があるんですよね。最初に出演したのは小沼勝監督の『さすらいの恋人 眩暈』(1978年)でした。映画に出るということ自体が初めてだったんですが、いきなり主役をやらせていただいて、これをきっかけに映画の魅力に取り憑かれてしまい、その後も何本も出演していくことになります。

 それまでは劇団で舞台をやっていて、それなりに人気があったから少し生意気だったんですが、ロマンポルノに出たらその鼻っ柱をへし折られてしまった。全然知らない女の子のほうが僕なんかよりも映像の演技が優れていたんですよね。

 ロマンポルノでは小沼監督をはじめ、いろんな監督から映像の演技がどういうものかを教えてもらいました。学びの場所でしたね。それに規模が小さくてコミュニケーションが密だからこそわかったことも多かったです。

 自由度が高くて、現場でみんなで作っていくという感覚も強かった。今と違って自主映画が上映しにくい時代でしたからね。もし当時の状況が今と同じようだったら、ロマンポルノに限らずいろんな監督と自主映画を製作していたかもしれません。

 ロマンポルノはあくまでも映画作品なんですが、セックスの演技指導はしないので、役者の個人的な性の癖が出ちゃうこともありましたね。

【プロフィール】1951年生まれ。近年は『追憶』(2017)、『羊の木』(2018)に出演。

※週刊ポスト2020年2月21日号

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