写真家・藤代冥砂氏が語る広末涼子、井川遥らとの思い出

写真家・藤代冥砂氏が語る広末涼子、井川遥らとの思い出

写真家・藤代冥砂氏が語る被写体たちの思い出

 世界一周旅行をし、世界中の女に恋して帰ってきた29歳の藤代冥砂氏は、その体験を1999年『ライドライドライド』(スイッチ・パブリッシング)として出版した。そんな彼をグラビアカメラマンとして世に出したのは、ハタチの広末涼子だった。彼女の写真集『Happy 20th birthday』(マガジンハウス)だ。

「旅に出る前は、Mr.Childrenの『クロスロード』『イノセントワールド』やサザンオールスターズのジャケット写真を撮っていました。世界中の素人女性を撮って帰ってきたら、ご縁があって、時代をときめく広末さんが僕を逆指名してくれた。音楽誌で歌手活動をする彼女のポートレートを撮ったことがあり、そのときの印象がよかったらしく」(藤代氏。以下「」内同)

 2000年に発売されたこの写真集が評価され、さまざまな女性グラビアを撮るようになる。

「グラビアの撮り方なんて全然わからなかった。光の使い方も露出の計り方も全く知らない門外漢(笑い)。せいぜい自分が好きなように撮るしかない。自分が見ているものを何の小細工もせず、被写体を持ち上げることもせずに、一般の20歳の女の子を撮るぐらいの気持ちで接していました。だからリアルだったのでしょうね」

 もともとカメラマンを目指していたわけではなかった。多くのグラビアカメラマンのように学生時代に写真を学んだわけでもなく、明治大学を卒業後、アンティークショップでアルバイトをしていた。その店のオーナーが、ファッション誌を中心に活躍するカメラマン五味彬氏だった。たまたま始めたアルバイトをきっかけに、五味氏のアシスタントを務めるようになり、写真界に歩を進める。

「ドイツ人ファッションカメラマン、ヨーガン・テラーが、ヨウジヤマモトの撮影をする現場でアシスタントをしたときは、衝撃でした。ヨレヨレの服に、ぺらぺらのアディダスのナイロンバッグを持ってやってきて、鞄から無造作に入れられたカメラや機材を取り出し、次々に撮っていく。そんなイージーな現場だったのに、あがってきた写真はスペシャルだった」

 それまでのグラビアカメラマンとは異色の、技術的なことを優先しない藤代の撮影スタイルは、その影響を受けているのかもしれない。印象深い女優は、井川遥。「現場」という土俵に身を投げ出すタイプだった。

「言い方は悪いけど、バカになれる才能があって、なにも考えず躊躇せずにトーンと飛んでくる。その度胸にみんながハッと打たれる。今でもよく覚えていますが、『撮ります』といって、羽織りものをはずしたときのぽちゃっとした体の艶めかしさ。世に出るのを誰も止められないエネルギーを発散させていました。アデランスのCMでちょっと気になる女の子って感じの時期だったんですが、『時代に撮らされてる』と自覚しながら撮った想い出があります」

『月刊 井川遥』をはじめとして、毎回ひとりの女優に焦点を当てた写真集『月刊』シリーズ(新潮社)では、数々の斬新な写真を発表していった。西田ひかる、小川範子、中山エミリ、佐藤江梨子、吉岡美穂、安達祐実……などなど。忘れられないのが、池脇千鶴だという。

「池脇さんは僕というカメラマンに身を預けてくるタイプ。『どう撮られるのかわからないけど、ええい、行っちゃえ!』というエネルギーがぶつかってくる。池脇さんはどう撮られるかわからない、僕もどう撮るのかわからない、勝算も打算もないなかでピンと来たらシャッターを刻む。それくらいのほうが、いい写真が撮れるんです。僕はもともと撮影枚数が少ないので、あっという間に撮り終えてしまう。わからないまま撮っているときに、一番いい写真が撮れる気がします」

 カメラマンにとって女性グラビアの撮影は、「恋」や「セックス」に喩えられることがある。しかし、藤代にとっては、そうではない。いうなれば出会いの瞬間を撮るのだ、という。

「その人と目が合った瞬間のピリッとする感じ。その1回しかないあの感じを撮りたい。そのあと何回か飲みに行ったり、つき合ったりするとなくなってしまう視線の絡み。僕の写真は、それなんです。初めて出会ったときのドキドキの感覚を撮りたい」

※週刊ポスト2017年6月16日号

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