伊武雅刀 ハリウッド映画出演時「俺は俺なりに戦いました」

伊武雅刀 ハリウッド映画出演時「俺は俺なりに戦いました」

伊武雅刀がスピルバーグ監督作品の思い出を語る

 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、声の仕事で注目を浴び、映画やドラマなどへ活躍の場を広げた役者・伊武雅刀が、ハリウッド映画に出演したときの思い出について語った言葉を紹介する。

 * * *
 伊武雅刀は1987年、スティーブン・スピルバーグ監督の映画『太陽の帝国』に出演している。舞台は日中戦争中の上海で、伊武は「ナガタ」という軍曹役を演じている。

「キャスティングディレクターの方が『どうしてもオーディションを受けさせたい』と言ってくださり、突っ込んでもらいました。ニューヨークに滞在していた時に『E.T.』を観ていまして、少年の自転車が飛ぶ場面で劇場の観客が総立ちになったりして、とても感動しました。それからあまり間が経っていなかったので、役のオーディションというより、『E.T.』の監督に会えるだけで嬉しかったですね。

 オーディションは演技的なことはさせないで、カメラを回したままただ話をしているだけでした。スピルバーグは物静かで理知的な人でした。

 オーディションの段階では小さい役で、一週間くらいで帰れるだろうし、ちょっとハリウッド映画に出ても面白いじゃないか、とそれぐらいに思っていました。レギュラーのテレビドラマを二本くらい抱えていましたし。

 ところが半年くらいして電話がかかってきたら、大きな役になっているんですよ。撮影に一か月以上はかかる。実際、スペインのアンダルシアで四十日間の撮影になりましたから。それでドラマのプロデューサーと監督にお願いして、物語の途中で退場させてもらいました」

『太陽の帝国』は後にバットマンを演じるクリスチャン・ベールが子役として主演、他にジョン・マルコビッチなどのハリウッドの役者が出演している。

「ハリウッド映画を観ていると、役者のレベルが全然違うと思っていました。ですから、どこまで通用するかなと思いました。

 魅力的な演技をすると感じたのは、ジョン・マルコビッチですね。完全に役に入っていて、ホテルも他の役者とは別のところに泊まっていました。クリスチャン・ベールも演技の先生がつきっきりでいて、役作りのために現場で全く口を利いていませんでしたね。出番が終わった時に初めてこちらに飛んできて、やっと日常会話ができました。

 彼らは与えられた役に真摯に向き合って現場に臨んでいましたが、大したことない役者は大したことないんですよ。そこは世界共通なんだなと思いましたね。毎日のように徒党を組んで飲み歩いたり、パーティを開いたり、テニスをしたり、帰りたいと言って泣いたり。そういう役者は案の定、演技を見ても『お前たち、そんなレベル?』と思い、魅力的ではありませんでした。

 俺は俺なりに戦いました。日本人として、『実際にはこういうことはしないだろう』ということには意見しましたから。殺陣師はハリソン・フォードを指導していたんですが、相手を六尺棒で叩かせたりするんです。軍人なら竹刀か木刀ですよね。それで『それはおかしい。監督に聞いてみてくれ』と言ったら、監督はこちらを採ってくれました。

 ここでの経験は役者としての自信をつけさせてくれました」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

◆撮影/五十嵐美弥

※週刊ポスト2017年6月16日号

関連記事(外部サイト)