歌手超越したエンターテイナー五木ひろし、原点はラスベガス

歌手超越したエンターテイナー五木ひろし、原点はラスベガス

五木ひろしは歌手の域を越えたエンターテイナー

 4月8日、東京・明治座で開催された「五木ひろしコンサート2017」──。最初の演目は、NHKで放送されている『五木先生の歌う! SHOW学校』の舞台版だった。3000曲以上のレパートリーを持つ五木ひろし(69)が演歌歌手らを生徒に迎え、ギャグをちりばめつつ歌を教えるというバラエティショーだ。

 コンサートが始まると、五木はなんとスーパーマンの衣装で登場。大スターの意外な姿に大歓声が沸き起こり、観客を歌と笑いの世界に引き込んでいった。

「お客様を感動させるということは、ステージに立つ側にとって大変なことです。でも、実はやっている本人も楽しんでいるんですよ。楽しいからこそ、今も続けていられるんです」

 今年で歌手人生53年を迎える五木は、こう熱く語った。

 30分間の休憩をはさんで再び幕が上がると、スーパーマンから一転、濃紫の着物に金色の帯を締め、艶めかしい空気を纏い名曲を熱唱した。歌に込めた思いが客席の隅々まで伝わり、聴く者の心を強く揺さぶっていく。まさに、観る者を惹きつけて離さない“五木ワールド”である。

 そんな五木から感じるのは、歌手の域を越えたエンターテイナーとしての魅力。その原点はステージショーの聖地・ラスベガスにあった。

「1976年から3年間、日本人歌手として初めてラスベガスでショーをする機会に恵まれ、エルビス・プレスリーと同じステージに立ちました。日本の演歌歌手だった28歳の僕は、歌うだけではない世界トップスターのエンターテインメントを目の当たりにして、言葉にならないほど勉強になりました」

 以来、歌舞伎、ミュージカル、洋楽のコンサートなど、ジャンルを問わず幅広く足を運び、良いと思ったものは積極的に取り入れ、「和」と「洋」の独自の世界を確立。日本舞踊を舞い着物姿で歌うステージもあれば、テンポのいい曲でダンサーと歌うこともある。

 演出、曲目も含めたコンサートや舞台のプロデュースは、すべて五木自らが行なう。そのため、日本舞踊やダンスの習得はもちろん、琴、三味線、ドラム、サックスなど20種類以上の楽器を演奏できるようになった。

「ステージに取り入れるには勉強しなければいけませんからね。ギターは元々弾けましたが、三味線やドラム、サックスなどは20代後半から30代にかけてやり始め、今では僕の大きな財産になっています。さすがにこれから始めるのは大変ですから(笑い)」

 次々と新曲をリリースし、歌番組やコンサートに出演して多忙を極める五木。どこにそんな時間があるのかと思うが、「時間が限られている時のほうが集中できるんです」とさらりと言う。

「逆に、暇だとやる気が出ませんよ。コンサートが1日に2回あったとしても、合間に1時間や2時間あれば楽器の練習ができます。積み重ねれば1年で何百時間になります。

 時間を見つけてはストレッチをしたり、多い時は腹筋300回やることもあります。ゴルフも始めた頃はうまくいかず自分に腹が立ちましたが、必死に練習して2年でシングルになりました」

●いつき・ひろし/1948年、福井県出身。1964年に歌手デビュー。1971年に『よこはま・たそがれ』が大ヒットし、一躍ミリオンセラー歌手となる。以来、『夜空』(1973年)、『契り』(1982年)、『長良川艶歌』(1984年)など多くの歌を発表し、NHK紅白歌合戦には1971年以来、46回連続して出場。2002年、レコード会社「ファイブズエンタテインメント」を設立。2007年11月に紫綬褒章を受章。2017年4月、ニューシングル『わすれ宿/男の友情』、5月に『船村徹 トリビュートアルバム 永遠の船村メロディー』を発売。

撮影■江森康之、取材・文■戸田梨恵

※週刊ポスト2017年6月23日号

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