人懐っこさとそつなさ備える三田寛子 梨園で一目置かれる

人懐っこさとそつなさ備える三田寛子 梨園で一目置かれる

デキる梨園妻と評判の三田寛子

 元アイドル、柔らかで愛嬌のある笑顔、おっとりとしたしゃべり方。一見すると、テキパキしたおかみ稼業には向かなそうな“天然系”の三田寛子(51才)だが、最近、梨園の妻たちの間でも一目置かれる存在になりつつある。

 昨年10月、夫が大名跡である「中村芝翫」を襲名。しかも、3人の息子もそれぞれ四代目橋之助、三代目福之助、四代目歌之助を同時襲名するという荒事だった。「襲名披露の準備は命を削る」といわれるほど激務のなか、三田はパーティーの準備やひいき筋への挨拶回り、挨拶の配りものの用意など、梨園妻としての役割を務め上げた。

 さらに三田が株を上げたのは、襲名披露直前の、夫と京都の芸妓との不倫騒動だ。報道陣を前に動じることなく、「夫婦で反省しております」とにこやかに応じる“神対応”で一気に株を上げた。ある梨園の妻がいう。

「芝翫さんと親しかった芸妓さんは人脈が広く、芝翫さんの舞台の切符を100枚単位で捌いてらっしゃったそうです。チケットを売るのは妻の責任です。芸妓さんのルートがなくなった後はそれを三田さんが引き受けたのでしょうけど、しっかりと捌いているのは、役者の妻として本当に力がある証拠です」

 今では“デキる梨園妻”という評判がもっぱらの三田だが、梨園に嫁いできた当初は大変な苦労をした。三田は21才の時、映画の共演で知り合った芝翫との交際をスタートし、1991年に結婚。若さと勢いで飛び込んだ世界はやはり厳しかった。

 梨園の妻の仕事は夫の舞台のチケットさばきやタニマチとのつきあいから、弟子のとりまとめ、各方面へのあいさつ回りなどと幅広い。独特のしきたりや上下関係などのルールに戸惑うことも多い。

「結婚してすぐの頃、三田さんがテレビに出演したんです。すると、それを見た歌舞伎のある大御所が激怒。現・芝翫の父である7代目芝翫を“お宅の嫁は何でテレビに出ているんだ”と叱責したそうです。三田さんは義母と一緒に大御所のところに飛んでいって謝りました。それ以降、彼女は目立つことを極力避けるようになったんです」(歌舞伎関係者)

 梨園妻は否応なく、跡取りを産むことも求められるが、三田はなかなか子宝に恵まれず、不妊治療をしても簡単には結果が出なかった。結婚5年目でついに妊娠したが8週目で流産。涙が止まらなかったが、「長い人生だからゆっくりいこう」と言う夫の言葉に励まされた。幸いなことに、その翌年に長男を授かり、次男、三男にも恵まれた。

 多くの苦労はあったものの、三田は努力を重ねて梨園を味方につけていった。

「三田さんはご贔屓筋の名前や顔を全部覚えて、裏方の仕事を一手に引き受けていました。わからないことはその場で『教えていただけますか』と低姿勢に尋ねていましたね。その一方で梨園の妻としてのスペックを高めるため、結婚後に歌舞伎演目の知識を身につけることはもちろん、和洋中の料理教室に通って料理をマスターし、茶道、華道、書道、絵画の習い事も習得しました」(別の歌舞伎関係者)

 三田の十八番は、アイドル時代から続く「人なつっこさ」。

「結婚直後から、先輩役者の奥さんをロビーで見かけたら“お姉さまぁ!”とすぐ駆け寄って挨拶する。その動きの早さは梨園イチでしょうね。だから、存在感のある有力梨園妻からもかわいがられる。特に、芸能人梨園妻の元祖である尾上菊五郎の妻・富司純子さんや、“梨園妻で最も怖い”とされる故・中村勘三郎さんの妻・波野好江さんから信頼されていることは大きい。この2人がバックにいれば鬼に金棒です」(前出・別の歌舞伎関係者)

 一家の財布を預かる者として、そつない一面も併せ持つ。

「見た目はほんわかしていますが、夫と息子たちのスケジュールはすべて三田さんが管理しています。芝翫襲名が決まってからテレビへの露出が増えたのも、舞台のチケットを売るための宣伝という面が大きいし、実際に三田さんのおかげで切符は売れました」(前出・歌舞伎関係者)

 三田のママ友はこんなふうに三田を評する。

「テレビで見る三田さんっておっとりした話し方ですけど、実際はもっと早口です(笑い)。子供を怒ってるときは超怖い。穏やかな雰囲気で周囲を和ませるのは、彼女ならではの“戦略”だと思いますよ」

※女性セブン2017年6月29日・7月6日号

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