一人芝居のイッセー尾形がたどり着いた「僕の漱石さん」

一人芝居のイッセー尾形がたどり着いた「僕の漱石さん」

イッセー尾形の一人芝居「妄ソーセキ劇場」の一コマ

「今日は、最高! 上手くいった!」──公演を終え、屋外の喫煙所に出てきたイッセー尾形(65)は、晴れやかな顔でそう言った。身体と頭をフルに使い切ったあとの清々しさが全身に満ちている。一服しながら、イッセーが続ける。

「昔からそうですけど、演じる時間が延びることがバロメーター。それはお客さんと一緒に時間を楽しみ、舞台の上でいろんなものを発見しているということですから」

 この日、イッセーは、北海道・釧路市民文化会館で、前日に引き続き「一人芝居~妄ソーセキ劇場 in 釧路」の舞台に立っていた。夏目漱石の小説を題材に、自身の解釈を加え、一人芝居に落とし込んだものだ。1時間30分を目安に作られたプログラムは、この日、1時間50分にまで延びていた。

 1980年代前半に一人芝居を始めたイッセーは、映画やドラマなどの仕事をしながら、その後も切らすことなくこのオリジナル芸を磨き続けてきた。

 イッセーはこれまで、バーテンダーに始まり、あらゆる現代の仕事人、市井の人々を取り上げ、自分のものとしてきた。人物のディテールにこだわり、いかにもいそうな近所のオバさんやフォークシンガーなどを造形してきたのだ。それが、いまなぜ、1世紀以上前の夏目漱石にたどり着いたのか。

「現代人が面白くなくなったというか、見えなくなっちゃったんです。象徴的に言うと、みんながスマホに目を落としていて、電車の中でも視線を上げて目と目が合うなんていうことがほとんどない。人間が二次的になっています。

 ライブは生身と生身が出会う一次産業の仕事ですから、もう一度自分の中に生々しさを取り戻したかったんです。そのためには、少し前までチョンマゲを結っていた近代をくぐることで、自分の身体に眠っているものが呼び起こされるかな、と思った。その可能性を夏目漱石に見出したんです」

 釧路での公演では、『坑夫』『草枕』『道草』『門』『明暗』という5本の漱石作品が演じられた。イッセーが演じるのは、いずれも主人公ではなく、傍らの人間だ。

 老いた落語家、床屋の主人、学生、老婆、義母、令夫人……。そのひとりひとりをイッセーは見事に演じわけていく。舞台上で衣装を着替え、老婆に扮したならば、そこにいるのは、喋り方、歩き方、所作のどれもがまごうことなく老婆のそれと化す。

「妄ソーセキ」はこれまでに5回公演が行なわれているが、回を重ねるにつれ、手応えは強くなっている。

「漱石作品をネタ化するのではなく、自分のネタそのものになったと身体で感じるようになりました。それがとっても嬉しい」

 一人芝居を始めて35年。30歳そこそこで一人芝居を始めたときは、怖れもあったという。

「セリフを忘れるんじゃないか、お客さんがまったく笑わず、反応しないんじゃないかと本当に悪いことばかり考えてしまって、舞台に出て行くのが怖かった。これをやれば面白いという方程式なんてないから、一か八かでした。でも、初日が終わると明日やる仕事が見えてくる。いろんなアイデアが浮かんでくるんです」

 わがままだけど許せる人、勝手だけどかわいい人、不器用だけどおかしみのある人、そんな人物像を思い浮かべ、台本を推敲し、自身の経験値を注ぎ込む作業。そうしてできあがったキャラクターを、巧みなセリフと動き、絶妙な間で演じるのだ。

 しかし、だからこそ、そのときの自身の年齢も投影されるのだろう。描く人物との距離は微妙に変化し続ける。

「40代の頃はネタについての考え方が浅かったなと思うんです。いま、自分がお客さんとして芝居に何を求めるかというと、演技の上手さや刺激というより、『その落ち込みはどうしようもないよ、そういうときは何もしないでいいよ』と、芝居に語りかけてもらいたいんですよ。

 40代のときには、そこに射程を置いてなかった。若いときは批判一方で演じる傾向が強かったけど、65にもなると批判だけじゃ生きていけない。間違った部分のある人物にもそれなりの理由があると演じたいんです。それは自分の人生を肯定することに繋がってくるので」

●いっせー・おがた/1952年生まれ、福岡県出身。東京都立豊多摩高等学校卒業後、1971年より演劇活動を始める。1981年、『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)で様々な職業の人物を演じ、8週勝ち抜きで金賞受賞。直後に抜擢された、ドラマ『意地悪ばあさん』(フジテレビ系)の巡査役で一躍注目を集める。1980年代に始まった一人芝居『都市生活カタログ』シリーズは人気を集めるとともにゴールデンアロー賞演劇芸術賞も受賞し、海外公演も行なわれた。一方、ドラマ・映画の出演も多数。今年公開されたマーティン・スコセッシ監督の『沈黙─サイレンス─』では、第42回ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞次点になるなど演技が高く評価された。一人芝居『妄ソーセキ劇場』は、京都府立芸術文化会館で秋にも上演される予定。

■撮影/江森康之 ■取材・文/一志治夫

※週刊ポスト2017年6月30日号

関連記事(外部サイト)