イッセー尾形は60歳で人生ひと回り 「いま、死んじゃ困る」

イッセー尾形は60歳で人生ひと回り 「いま、死んじゃ困る」

イッセー尾形が一人芝居を始めて35年になる

「今日は、最高! 上手くいった!」──公演を終え、屋外の喫煙所に出てきたイッセー尾形(65)は、晴れやかな顔でそう言った。身体と頭をフルに使い切ったあとの清々しさが全身に満ちている。

 この日、イッセーは、北海道・釧路市民文化会館で、前日に引き続き「一人芝居~妄ソーセキ劇場 in 釧路」の舞台に立っていた。夏目漱石の小説を題材に、自身の解釈を加え、一人芝居に落とし込んだものだ。1時間30分を目安に作られたプログラムは、この日、1時間50分にまで延びていた。

「昔からそうですけど、演じる時間が延びることがバロメーター。それはお客さんと一緒に時間を楽しみ、舞台の上でいろんなものを発見しているということですから」

 1980年代前半に一人芝居を始めたイッセーは、映画やドラマなどの仕事をしながら、その後も切らすことなくこのオリジナル芸を磨き続けてきた。

 もちろん、40代に比べれば、1時間半を超える舞台を一人でやりきるには、それなりに心身への負担が大きくなっているはずだ。体力、記憶力、客の反応を拾って返す力……。

 が、その立ち姿、歩き方からは年相応の老いが見てとれない。

「5年前に、長くいた事務所を離れてフリーになって、定期的なライブがなくなって。身体がなまってきたから、2年半ぐらい前からピラティスを始めたんです。

 この間、ある番組の衣装合わせがあって、衣装部屋の壁に大きな鏡があった。近づいていくと、変な話ですけど、鏡の中の自分がすごく堂々としていて、がっちりしていて、これが俺か、と思ったんです。

 それまでは、猫背で細くてどこかが曲がっている、という自己イメージだったんですけどね。食事も三度三度食べるようになりましたし。ピラティスさまさまです」

 還暦を迎えてからというもの、イッセーには大きな転機がいくつも訪れている。事務所から離れたこと、ピラティスを始めたこと、漱石の一人芝居という新しいフィールドを得たこと。そして、遠藤周作原作、マーティン・スコセッシ監督作品『沈黙─サイレンス─』への出演。イッセーは、隠れキリシタンを弾圧する奉行・井上筑後守役で、ハリウッドでも高く評価された。

「監督は、僕の芝居での人物の掴み方、演じ方に非常に興味を持ってくださった。いいものをつくろうという意気込みに満ちた現場で、緻密な仕事に触れられてすごく幸せな時間だった。僕にとって重要な映画でした」

 さらには、2人芝居や映画『太陽』(アレクサンドル・ソクーロフ監督)などで共演してきた桃井かおりとの新作映画『ふたりの旅路』もまもなく公開される。

「60歳で人生ひと回り。いろいろあって、そういうのを信じましたね。何かが終わって、何かが始まる。人間うまいことできていて、ひと回りしても死ぬんじゃなくて、もう少し生かしてもらえる。これが生きている醍醐味だなって思いますね。いま、まさにその醍醐味に入っている」

 もちろん、「妄ソーセキ」もさらなる進化をしながら続いていく。

「漱石さんのネタをやっていて思います、現代人とは何なのかって。現代ものでもそれなりのネタはできるんです。でもこうやって一人芝居で人間を扱っていると、もう少し深く、本質をとらえたくなってくるんです。人間を突き動かしているものは何か、みたいなことを」

 漱石にとどまらず、太宰治、志賀直哉、川端康成、横光利一、ゴーゴリなどの近代文学作品にも挑み、これからさらに究めようとしている。一人芝居は80歳になっても続けられますか、と尋ねてみた。

「できるはずです。80歳になって60代を演じれば、60歳と65歳の違いがくっきり見える。どこをとってもきめ細かに捕まえられるようになっていると思います。ここまで行ったらお終いというのがないんですよ。今夜の舞台は上手くいったと思っても、ホテルに戻ったら、あそこをこうすればよかったとまた出てくる。終わらないんです」

 イッセーの一人芝居は齢を重ねるにつれ、ますます洗練され、深みを増していくのだろう。そして、その一人芝居に呼応して映画やドラマでの演技にも彩りが加わる。イッセー尾形は、こう言う。

「漱石さんは、死に際に『いま、死んじゃ困る』と言ったそうです。きっとまだ、書きたいことがあったんでしょうね。だから、いま死ぬわけにいかないって。これに勝る最期の言葉はないと思っています」

●いっせー・おがた/1952年生まれ、福岡県出身。東京都立豊多摩高等学校卒業後、1971年より演劇活動を始める。1981年、『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)で様々な職業の人物を演じ、8週勝ち抜きで金賞受賞。直後に抜擢された、ドラマ『意地悪ばあさん』(フジテレビ系)の巡査役で一躍注目を集める。1980年代に始まった一人芝居『都市生活カタログ』シリーズは人気を集めるとともにゴールデンアロー賞演劇芸術賞も受賞し、海外公演も行なわれた。一方、ドラマ・映画の出演も多数。今年公開されたマーティン・スコセッシ監督の『沈黙─サイレンス─』では、第42回ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞次点になるなど演技が高く評価された。一人芝居『妄ソーセキ劇場』は、京都府立芸術文化会館で秋にも上演される予定。

■撮影/江森康之 ■取材・文/一志治夫

※週刊ポスト2017年6月30日号

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