初監督作品撮った・八名信夫 収益で被災地支援に励む理由

初監督作品撮った・八名信夫 収益で被災地支援に励む理由

八名信夫(左)と「悪役商会の一番弟子」柴崎蛾王

 愛媛県内子町にある、大正時代の趣きを残す古い建物の映画館「旭館」。ここで、6月10日、悪役で知られる俳優の八名信夫(81)が初めて監督した映画『おやじの釜めしと編みかけのセーター』の上映会が行なわれた。

 八名が続々と訪れる観客を入口で迎え、一緒に写真に収まり、サインをし、握手をすると、これから上映される映画のDVDが飛ぶように売れてゆく。収容人員250人の館内はあっという間に満席となり、生の舞台を待つような熱気に溢れた。

「去年の10月から、自分と縁のある全国各地の公民館やホールで上映会を開き、内子町が12か所目です。見終わって身じろぎもせず涙を流している大人の男の人がよくいるんですよ。そういう姿を見ると、この映画で伝えたかったことが伝わったのだと思えて、嬉しいですねえ」

 映画は、富山県の雪深い合掌造りの集落、五箇山で釜めし屋を営む八名演じる元刑事が、生き別れになった娘と孫娘を捜す旅に出るという物語。「家族の絆、故郷への思い、人への思いやり」がテーマの作品だ。孫娘の帰郷と結婚を喜ぶ八名が、雪が舞い散る中、五箇山に伝わる古代民謡「こきりこ節」を踊るラストシーンは胸に迫る。

「最初は踊りながら息絶える設定にしていたんです。でも、考えてみれば、これまで悪役で1200回ぐらい殺されているから、1回ぐらい死ななくてもいいだろうと(笑い)、死なない設定に変えたんです」

 映画を企画したのは八名で、監督、主演だけでなく、脚本、編集も手掛けた。映画会社やスポンサーのつかない自主製作であり、多額のギャラのかかる有名俳優は使えない。多くの出演者をオーディションで選び、エキストラは映画とは関係のない八名の友人らに頼んだ。

 ロケも、これまでの人生で築いたツテを辿って安くできる場所を探すなどした。それでも製作に2500万円ほどかかり、八名が自分の貯金を取り崩して用意した。

 80歳になって初めて映画を監督し、多額の自己負担も厭わない。そこまで八名を突き動かしたものは何なのか。

 話は2011年の東日本大震災に遡る。八名は震災の翌年、被災者の心を癒やそうと、自らが主宰して結成した悪役俳優のグループ「悪役商会」のメンバーを連れ、福島県南相馬市、宮城県気仙沼市を訪れた。コミカルな寸劇や立ち回りを見せる、無償のボランティアである。

 南相馬には昔、講演で訪れたことがあり、地元の人から「来てくれないか」と要請を受けていた。気仙沼には悪役商会の元メンバーがいて、震災直後の一時期、連絡が取れなくなっていたが、無事が判明すると、「オヤジさん、来てくれないか」と求められた。その南相馬でのことだ。

「瓦礫の中でサッカーをしていた子供に『今、欲しいモノは何?』と聞いたんですよ。そうしたら、12歳ぐらいの男の子が、こう言うんです。『家が流され、おばあちゃんと妹が行方不明です。でも、僕には故郷があります。早く大人になって故郷のために役に立ちたい』と。これに心打たれましてねえ。

 自分は何をしてきたのか? 何もしていないじゃないか。じゃあ、今、何ができるのか。それはやっぱり、自分が60年近く関わってきた映画しかないのではないか。じゃあ、自分で作ろう、と」

 一昨年から準備を始めて昨年秋に完成し、各地での上映会を始めた。1枚2000円で売るDVDの利益を、昨年12月に大規模火災に見舞われた新潟県糸魚川市に義援金として寄付したり、映画の上映会の経費に充てたりしている。

「僕は家族もいないので、この歳になって貯金を残してもしようがないでしょう。お金は最初からなかったものと思い、何か人の役に立つことに使い、それで死んでいったほうがいいのではないかと思うんですよ」

 八名がボランティア活動を始めたのは昨日、今日のことではない。八名はプロ野球・東映フライヤーズの投手3年目に腰を骨折して引退し、当時のオーナーの命で東映所属の俳優となった。1958年のことだ。

 以来、鶴田浩二、高倉健らの主演映画に悪役の脇役として数多く出演し、1983年に悪役商会を結成。実はその頃から老人ホームや刑務所を訪問するボランティアを始めているのだ。犯罪や非行の防止を訴える講演も数多く行なってきた。

 八名は「人との縁」をとても大切にする。たとえば、愛媛県内子町との縁は25年前に始まる。

 悪役商会の舞台公演をする劇場を全国に探していたところ、後に国の重要文化財に指定される劇場「内子座」を知り、その保存活動などを通して今日まで交流を続けてきた。その長年の蓄積があるからこそ、八名が来ると人が集まる。

 ちなみに、八名はもう何年も前から本格的な悪役の仕事はしておらず、むしろNHKの連続テレビ小説『純情きらり』(2006年)での頑固な祖父役などが印象に残っている。映画を作り始める前は講演などが仕事の中心だった。

『おやじの釜めしと編みかけのセーター』の上映会を続ける一方、八名は次回作の準備も始めている。

「昔、熊本で10年ほどラジオのレギュラーを持っていた縁で、今回の映画に熊本の友人3人がエキストラで出てくれたんですよ。彼らは撮影が終わり、熊本に帰った2日後にあの大地震に遭ってしまった。

 今もまだ困っている人がたくさんいるという。何かできないかと考え、熊本を舞台にした映画を熊本で撮ることにしました。そうやってスタッフ、役者が熊本に滞在すれば、マスコミも注目してくれて活気が出るし、自然と地元にお金が落ち、いい義援金になるのではないかと思います」

 タイトルは『駄菓子屋小春』。老婆がひとりで続ける古い駄菓子屋が地上げ攻勢を受けるが、周囲の人々が協力して守るという物語だ。

「昔、旅番組の仕事で日本一の長寿村として知られる沖縄の大宜味村を訪れたんですよ。そのとき、あるおばあちゃんに言われました。『人の役に立つための長生きじゃないと意味がない』って。心に響きましたねえ」

 強面の裏側には心優しき人情家が棲んでいる。

●やな・のぶお/1935年生まれ、岡山県出身。父親は興行師で、生家は芝居小屋を兼ねた映画館だった。明治大学2年生のとき、投手として東映フライヤーズに入団。俳優に転身後、任侠映画、ヤクザ映画以外に名作『飢餓海峡』(内田吐夢監督)などにも出演。1983年に悪役俳優だけのグループ「悪役商会」を結成。現在も20人の俳優が在籍、活動中。2017年6月23日に岡山市北区御津公民館で映画『おやじの釜めしと編みかけのセーター』上映会を開催。

■取材・文/鈴木洋史 ■撮影/太田真三

※週刊ポスト2017年6月30日号

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