森高千里 1cm単位でこだわったミニスカ衣装の意図語る

森高千里 1cm単位でこだわったミニスカ衣装の意図語る

森高千里が語るミニスカ衣装のこだわり

 アイドルとミュージシャンの境界をまたぐような“森高千里”としか言いようのない特異な存在──。そんな森高千里(48)というジャンル形成に大きな役割を果たしたのが、身にまとう衣装と歌詞の独特さだ。

 衣装で鮮烈だったのはミニスカート。スタッフの「短すぎる!」との制止も振り切り、自身で丈を決めた。センチ単位でこだわったという。

「ミニスカートは元から好きだったのもありますが、当時は全体的に色やスパンコールとかも派手でしたよね。肩パッドもスゴかったし(笑い)。

 実はあれって、ライブで一番遠くのお客さんからも私の姿を見つけやすいようにってことが第一なんですが、TVで埋もれないためでもありました。当時はバンドブームで、一人で目立つには派手にするしかなかったんですよ」

 一方、自らが詞を書く歌詞についてはどうだろう。身近な事柄を、平易かつ率直な言葉で紡ぎ出した独特な感覚は、どこから来たのか?

「歌詞は、狙う感じはまったくなかったです。逆に狙ったらああは書けないですよ(笑い)。歌詞の書き方を何も知らずに始めたので、自分が考えたことを普段使っている言葉で詞にしていっただけなんです。でもそれが結果的に“変わってる”と周りの人が面白がってくれた。

 私には『臭いものにはフタをしろ!!』とか“怒りソング”がありますけど、思ったことを口に出したらまずいけど歌詞ならいいかなって書いた曲たちです。書いた時点で『あー言えた、スッキリ!』って感じでした(笑い)」

 怒りソングはミニスカからも生まれた。TVの収録でカメラをローアングルで向けられたことをきっかけに、一気に書き上げたのが「のぞかないで」だという。そのように楽しいことも、嫌なことも、周囲のすべてを巻き込みながら、森高千里は独自の道を突っ走ったのだった。

●もりたか・ちさと/歌手。1969年4月11日生まれ、熊本県出身。1987年「NEW SEASON」でデビュー。「17才」「私がオバさんになっても」「渡良瀬橋」ほか代表曲多数。1999年から育児のため活動を制限し、2011年からライブを再開、徐々に活動を広げる。今年のライブ「TOMORROW NEVER KNOWS」は3会場で開催。10月6日に昭和女子大学人見記念講堂で「ザ・森高」ツアー(1991年)、10月11日にZepp DiverCityで「ROCK ALIVE」ツアー(1992年)、10月12日に同会場で「LUCKY SEVEN」ツアー(1993年)のセットリストを再現する。

聞き手■高橋浩之、撮影■木村晴

※週刊ポスト2017年7月21・28日号

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