芸能人水泳大会 ポロリ要員登場でアイドル出演拒否の事態も

1970年から放送の『芸能人水泳大会』"ポロリ要員"登場でアイドル出演拒否の事態も

記事まとめ

  • 1970年から放送されていた芸能人が多数出演する「水泳大会」をおりも政夫が振り返る
  • フジテレビは方向転換を図り、1987年夏に『女だらけの水泳大会』と名称を変えた
  • 1990年代は細川ふみえと飯島直子の名勝負、井上晴美が自由形で優勝などグラドルが席巻

芸能人水泳大会 ポロリ要員登場でアイドル出演拒否の事態も

芸能人水泳大会 ポロリ要員登場でアイドル出演拒否の事態も

「伝説の番組です」と語るおりも政夫氏

 1970年から放送されていた、人気の芸能人が多数出演する「水泳大会」は朝9時からスタートするため、タレントは前日に会場入り。大磯ロングビーチに隣接するプリンスホテルを貸し切り、スタッフを含む総勢300人以上を集めて前夜祭も行なわれた。

 フォーリーブス時代は選手として参加し、1980年代は司会を務めた、おりも政夫が振り返る。

「フジテレビはタレントを盛り上げるのが上手かった。本番が15時頃に終わると、夕方から隣接しているゴルフ場でラウンドしました。前後にイベントを用意してくれたので、大会が毎回楽しみでしたね」(おりも)

 水泳大会は新人の登竜門でもあった。水着の似合うタレントをカメラマンが選ぶ「ミスフォトジェニック」に早見優が選ばれた年にNHK紅白歌合戦に初出場するなど、番組で活躍したアイドルは大成するというジンクスも生まれた。その裏で、少しでも目立とうと頑張るため、予期せぬハプニングも起きていたと、おりもが明かす。

「僕はナレーションもしていたので、編集前のVTRも見ていました。放送ではカットしていたけど、飛び込んだ時に水着がズレてしまった子もいましたね」

 1980年代中盤になると、意図的に胸を露出する“ポロリ要員”が登場。お色気路線に走ったことで、徐々にアイドルが出演を拒否し、各局が水泳大会から撤退する中、フジテレビは方向転換を図る。1987年夏に『女だらけの水泳大会』と名称を変え、男性視聴者にターゲットを絞ったのだ。『アイドル進化論』の著者である社会学者の大田省一氏が話す。

「1980年代後半から1990年代前半に“アイドル冬の時代”が訪れた一方で、芸能界では森口博子などのバラエティアイドル、かとうれいこなどのグラビアアイドルが登場しました。アイドルが歌手だけでなく、お笑いやセクシー系に拡がっていった時代の流れに、水泳大会も歩調を合わせていったのでしょう」

『女だらけ』では、出場者が300人以上になる年もあった。

「あまりに多いし、水中に入ると誰が誰だかわからなくなることもありましたね。競泳で西田ひかると石田ひかりの対決を実況した時、混乱して“どっちが西田だ!”と叫んでしまったこともあったな」(おりも)

 1990年代に入ると、細川ふみえ飯島直子が「水上飛び込みブランコ」で名勝負を演じたり、井上晴美が25メートル自由形でぶっちぎりの優勝を果たすなど、グラドルが番組を席巻。1998年を最後に定期的な放送は終了したが、今も復活を望む声は絶えない。

「あれだけのスターが一堂に会して、水着で競う番組なんて二度とできないでしょうね。まさに伝説の番組ですよ」(おりも)

●おりも・まさお/1953年7月4生まれ。東京都出身。8月16日まで大阪・新歌舞伎座で上演中の舞台『コロッケ特別公演』に出演中。

※週刊ポスト2017年8月18・25日号

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