噺への思いを本に書き磨きがかかった柳家さん喬『雪の瀬川』

噺への思いを本に書き磨きがかかった柳家さん喬『雪の瀬川』

広瀬氏が柳家さん喬の名演を語る

 音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、今回は柳家さん喬と噺との向き合い方について紹介する。

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 寄席の世界を代表する「正統派の雄」柳家さん喬。芸歴50年を迎え紫綬褒章も受けた今年、彼が初めての著書を出版した。題して『大人の落語』(講談社)。「落語の中の男と女」をテーマに、『芝浜』『幾代餅』『品川心中』『子別れ』等々、自身の手掛ける名作落語20席について解説したもの。芸論や薀蓄ではなく、あくまでも「自分はこういう思いでこの噺をやっている」ということを語っている。そこがいい。落語ファンはそういうものこそが読みたいのだ。

 この本の中でさん喬は、こう書いている。

「落語には演じる型がない。型がないだけに時代によっても変わるし演者によっても変わる。その分、自由度が高くて楽なところはありますが、逆に自分の想像の世界をはっきりさせておかないとお客様に伝わらない」

 まさにそのとおり。演者によって落語は変わる。そこに、落語を聴く醍醐味がある。

 6月5日に東京・深川江戸資料館で、この『大人の落語』の刊行記念落語会が行なわれた。4000円の料金に書籍代(1800円+税)も含まれ、入場者は直筆サイン入りの新刊を受け取る。この会でさん喬は滑稽噺『締め込み』と長編人情噺『雪の瀬川』を演じた。

『雪の瀬川』は六代目三遊亭圓生の演目で、今これを手掛けるのはさん喬のみ。勘当された若旦那と吉原の花魁の純愛を描くこの物語に、さん喬は独自のきめ細やかな演出を持ち込み、丁寧な語り口で聴き手を優しく包み込む。

 瀬川花魁が命がけで吉原を抜け出してくるクライマックスの繊細な描写は、さん喬の独壇場。静かな雪の夜の情景と、切ない恋を貫く男女の心情を、さん喬は見事に重ねあわせる。『大人の落語』の『雪の瀬川』の項で、この場面では「音」と「色」を大事にしている、という言い方をしていたのが興味深い。

 さん喬の『雪の瀬川』は圓生の口演よりもメリハリが効いていて無駄がない。だからこそ観客は感情移入しやすい。終演後、楽屋で話を聞かせてもらったが、今回この本を書いたことで個々の演目に改めて向き合い、噺の「無駄な部分」に気づくことができたのが収穫だったという。『雪の瀬川』も、まさにそのひとつ。さん喬十八番に、さらに磨きが掛かった名演だった。

 なお、『大人の落語』には『たちきり』『鰍沢』『芝浜』の3席の音声が収録されたDVDも付いている。なんと贅沢な! 「お買い得」とはこのことだ。

●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『僕らの落語』など著書多数。

※週刊ポスト2017年9月15日号

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