小栗香織、つちやかおり、相楽晴子 思い出の写真集を語る

小栗香織、つちやかおり、相楽晴子 思い出の写真集を語る

小栗香織の写真集『小栗香織十一年後』

 小学館の地下倉庫には、多くのお宝写真集が保管されている。本誌・週刊ポスト誌上ではその中から取っておきの写真を紹介しているが、今回は、小栗香織、つちやかおり、相楽晴子の3人が語った「思い出の写真集」のエピソードをお届けしよう。

●小栗香織/『小栗香織十一年後』2000年、新潮社刊、撮影/沢渡朔

「写真集のタイトルには“デビューから11年後”という意味が込められています。(週刊ポスト誌に)掲載した写真は、カメラマンの沢渡朔さんと2人きりでホテルでまったりと撮影しました。沢渡さんとはこの仕事が初めてだったけれど、とても紳士的な方で、ヌードの撮影でもリラックスして撮影に臨めました。

 自分の恋愛に関する文章を綴ったりと、初セルフプロデュースした写真集ですが、発売後、アート作品としてたくさんの人に評価されたことがうれしかったです」(小栗)

【プロフィール】おぐり・かおり/神奈川県生まれ。1988年、豊島園のイメージガールとしてCMデビューし、『11PM』(日本テレビ系)金曜カバーガールとして人気を博す。その後、CM、映画、ドラマに多数出演し、岩井俊二監督の映画『Love Letter』で女優として高く評価される。2005年に韓国人ビジネスマンと結婚、1児の母に。著書に『韓国男子の8割はママボーイ!!』。タレントや女優のプロデュース業のほか、日韓の架け橋となる活動も精力的に行なっている。

●つちやかおり/『あなたしだい』1988年、ワニブックス刊、撮影/渡辺達生

「もともとグラビア撮影は苦手で、写真集もこの1冊だけです。20歳くらいから撮っていたものに、23歳の時にハワイで1週間かけて撮影した写真を加えました。私が『肌が焼けやすい』とカメラマンの渡辺達生さんにいうと、『サイダーをかけたほうがいい』と。スタッフの人たちから一斉に浴びせられましたけど、何の効果があったのかな(笑い)。

 私1人を水着にさせないためだったのか、渡辺(達生)さんもビキニの海パンを穿いていたのが想い出です。楽しい雰囲気の撮影だったので、セミヌードになるのもしょうがないかなって思いました(笑い)」(つちや)

【プロフィール】つちや・かおり/東京都生まれ。1979年、ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)の生徒役に抜擢される。1982年、『恋と涙の17才』で歌手デビュー。ドラマやバラエティ番組のレポーターなどでも活躍。1991年、元シブがき隊の布川敏和と結婚し、芸能活動を休業。2012年に復帰し、本誌・週刊ポストでもグラビアを飾る。2014年の離婚後も、布川とはバラエティ番組などで共演している。息子の布川隼汰は俳優、娘の布川桃花はモデル。著書に『元気な毎日 腸美人!』がある。

●相楽晴子/『MOTHERS──相楽晴子写真集』1993年、スコラ刊、撮影/水谷充

「もともとカメラマンの水谷充さんと写真を撮り溜めていて、写真集にできないかと出版社に持ち掛けたら企画が通ったんです。私の野生児的なイメージを生かして、アリゾナで自然と戯れているところを撮ることに。日米ハーフのコーディネーターが提案してくれたロケ地は、私と水谷さんの思い描いた場所にピッタリでいい撮影ができました。ただ、意外に寒くて体にオイルを塗り込んでいました。

 そのコーディネーターとは趣味や感覚がすごく合って、実は今の主人なんです。帰国して少し経ってから付き合い始め、1997年に結婚。だからこの写真集は、私の人生にとって、とても大きな1冊です」

【プロフィール】さがら・はるこ/福島県生まれ。1985年、ドラマ『スケバン刑事II』(フジテレビ系)で脚光を浴び、1986年には『ヴァージン・ハート』で歌手デビュー。1988年から約2年間、『オールナイトフジ』の司会を務めるなどバラエティ番組でも活躍。その後もドラマ『ADブギ』(TBS系)や『あなただけ見えない』(フジテレビ系)などで女優としても引っ張りだこに。1997年に国際結婚し、米国ロサンゼルスに移住。2003年からハワイに在住し、現在はツアーコーディネート会社『是空ハワイ』のオーナーを務めている。

※週刊ポスト2018年1月1・5日号

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