舞踊家・田中泯 「本物の裏方は、エネルギーを送る」

舞踊家・田中泯 「本物の裏方は、エネルギーを送る」

俳優としても活躍する舞踊家の田中泯

 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優としても活躍する舞踊家の田中泯が、映画『たそがれ清兵衛』で体験した現場でみた裏方について語った言葉をお届けする。

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 舞踊家としての田中泯が「師」と敬愛するのが、前衛的な踊りで活躍した土方巽だった。

「あの人は僕にとって特別な存在です。最初に土方の踊りを見た時、本当にびっくりしました。踊り方の問題ではなくて、こういうふうに人の一時間を平気で奪っておいて、あっという間にその一時間が過ぎる。それは踊り方じゃなくて、あの人自身が凄いからなんですよね。それで、土方のように舞台にいるにはどうすればいいのか考え続けました。彼に聞いても教えてくれるはずないから、僕は絶対に彼には習うまいと思いました。

 おそらく、彼にとっては『舞踏』という踊り方なんて問題じゃなかったんだと思います。流派を作る気もなかった。一番やりたかったのは『おどり』。

 日本の『ダンス』の歴史は『おどり』に始まります。言葉で意味づけされていない、音としてのみの『おどり』です。その音に今の表意文字としての『踊り』が宛がわれたことで意味が生まれ違うものになった。その頃は社会が成立していますから、もう本来の『おどり』とは違うものになっていたはずです。土方はそれ以前の『おどり』をやりたかったんだと思いました」

 田中は2002年の山田洋次監督による時代劇映画『たそがれ清兵衛』で、最後に真田広之の演じる主人公と決闘する剣豪役を演じた。五十七歳での「役者デビュー」である。

「師匠の土方が五十七歳で死んでるんです。同じ歳に自分がなろうとしていると思ったら絶望的になりました。『俺、まだこんな奴なのか』と。それでいろんなことに嫌気が差している時に映画の話が来たんです。

 最初は驚きましたが、『そういえば先生、映画が好きだったな』と思ったら、ひょっとして先生が『やってみないか』と言ってるんじゃないかという気になったんですよね。山田監督も真田さんも山奥の僕の所まで来て一生懸命に誘ってくれましたし。

 現場は感動的でした。『組』と呼ばれるスタッフたちがそれぞれに動き回り、カメラが動き始めるとみんなが一点に集中する。どんな短いカットでも、撮影が始まると『真実の場所』になる。

 僕のやってきた『おどり』では、観客は舞台に集中しますが、スタッフ自体は本番が始まるとそんな集中力を持たない。『もう俺たち関係ないや』って、いなくなるんですよ。ヨーロッパの優秀な劇場では、裏方さんが舞台袖でみんな観ていて舞台に猛烈なエネルギーを送っているのに、日本の劇場ではそれがなかった。そのことが恥ずかしくて、嫌な想いをしていた時期でした。それだけに、映画の現場が素敵に思えました。

 本当の意味での集中は、意識が覚醒していなければできません。他のことが考えられないのは、まだ初歩的段階。集中すればするほど、何が起きているか全て見えてきます。『おどり』は特にそれが必要です。客席の様子を知らん顔で踊るわけにはいきませんから。『我を忘れて』なんて言葉がありますが、それではいけない。何が起きているか、自分が何をしているかを知っていなくてはならないんです」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

●撮影/五十嵐美弥

※週刊ポスト2018年3月9日号

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