西城秀樹さん妻が明かす子供達の今と「内田也哉子からの手紙」

西城秀樹さん妻が明かす子供達の今と「内田也哉子からの手紙」

告別式で飾られた西城さんの特大パネル。歌声はいまもファンを魅了する

 生前、子供たちを「宝物」と言い、深い愛情を注いできた西城秀樹さん(享年63)。それだけに、3人の子供たちも父を亡くした喪失感から立ち直るために時間が必要だった。三回忌を前に妻の美紀さんが明かす「子供たちの成長」の記録──。

 人々を熱狂の渦に巻き込み、数々の伝説を築いてきた昭和の大スター・西城秀樹さんが急逝したのは、2018年の5月16日。その三回忌が、目前に迫っている。

 ワイルドな彼の“絶唱”をもう一度見たいと願うファンの声は後を絶たない。その声にこたえるように、命日には『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)などでの歌唱シーンや、バラエティー番組のトーク映像などを収録したDVDが発売される。

 ほかにも、三回忌にあたり在りし日の西城さんの姿を目に焼き付けることができる、さまざまなイベントが計画されていた。大阪と広島では、若い頃の秘蔵写真や実際に着用した衣装などを展示する写真展が、東京ではコンサートやテレビ局の蔵出し映像などを上映するフィルムコンサートも開催予定だった。しかし、新型コロナウイルスの影響で、DVDは発売されるものの、イベントは延期や中止を余儀なくされてしまったのだ。

「1年かけて準備してきたので、本当に残念です。何より楽しみにしてくれていたファンのかたがたに申し訳なくて…三回忌も、お世話になったスタッフのかたをはじめ皆様にお声がけしていたのですが、感染拡大防止のため、大幅に縮小して近親者のみで行うことになりました。秀樹さんが生きていたら、『みなさんの健康を最優先に』って絶対に言うと思うから。私たち家族はこの2年間、『こんなとき、秀樹さんならどう言うかな』と、いつも考え続けてきました」

 西城さんの妻・木本美紀さん(48才)は、静かにそう胸の内を明かしてくれた。

 西城さんがこの世を去ってから2年が経ち、美紀さんをはじめ残された家族の心境も少しずつ変化してきたという。

 2003年を皮切りに、計8回脳梗塞を患い、長年リハビリを続けてきた西城さん。快方に向かっていると思われた矢先、家族団欒の最中に突然倒れて病院に搬送され、家族に見守られて旅立った。

「秀樹さんが倒れてからしばらく私の記憶は断片的なんです。寂しくて不安で、でもやらなければならないことはたくさんある。だから必死で、2018年はあっという間に過ぎた感じでした。昨年、一周忌が終わったあたりから落ち着きを取り戻し、ようやく悲しみを実感する余裕が生まれたように思うんです」(美紀さん・以下同)

 3人の子供たちは、そんな美紀さんの心中を察していたのだろうか。亡くなって1年ほどは、大好きなパパとの思い出を口にすることはなかったそうだ。

「きっと子供たちなりに気を使って、張り詰めていたんでしょうね。“家族みんなで”とか“5人で”という言葉を口にしてはならないかのような雰囲気が生まれていたんです。子供たちが『家族みんなで旅行した石垣島にまた行きたいね』とか『パパが好きだった旅館にまた泊まりたいね』と自然と口にするようになったのは、ここ最近のことです」

 特に美紀さんが胸を痛めたのは、4月に高校3年生になった長女の異変だという。お父さんっ子で、脳梗塞の後遺症を抱えていた西城さんの手伝いも率先して行っていたという長女は、亡くなった後も気丈にふるまっていたそうだ。

「長女ならではの責任感で、私や弟たちに心配をかけまいと気を張っていたのだと思います。本当は、とても悲しくて寂しくてつらかっただろうに、それを見せなかった。でも、昨年の秋頃から精神的に不安定な様子を見せることがあって。きっと、張り詰めていたものが解けて、一気に喪失感が襲ってきたのでしょう」

 西城さんに似て、優しくて純粋だという長女は、進路について考えている真っ最中。「パパのように人を笑顔にする仕事がしたい」と、看護や介護の道に興味を持っているという。

◆内田也哉子さんが手紙をくれて…

 高校2年生の長男と高校1年生の次男も、それぞれ未来に向かって歩み始めた。サッカーが得意な長男は、昨年4月、プロサッカー選手を多く輩出する強豪校に進学し、寮生活を送っている。

「小さい頃から『ぼくはネイマールになるんだ!』なんて言っていて。それを聞いた秀樹さんは、『そうか、がんばれよ!』と励ましていましたね。まだ道半ばですが、まさかここまでがんばれるとは、私も驚いています。

 次男はインドア派。絵を描いたり、映画や演劇、音楽に親しんでいます。

 面白いことに、2人とも父親の身長を抜くのが目標のようなんです。秀樹さんは長身(181cm)で、息子たちはまだ170cmそこそこですが、たくさん牛乳を飲んで毎日のように身長を測っていますよ(笑い)」

 子供たちに西城さんの面影を見ることも増えた。長男は20代後半〜30代の日焼けして髪が短かった頃の西城さんに、次男は10代の頃の西城さんによく似ているそうだ。「ぜひ芸能界デビューを」と望むファンからの声もあるが、現状、子供たちはその道は考えていない。

「3人とも秀樹さんが40代後半になってから生まれた子ですし、秀樹さんの過去の苦労時代を全く知りません。デビュー当時は、レコードを売るために車で全国を回り、車中で寝泊まりしていたそうですし、大変な世界だというのは私もわかっているつもりです。秀樹さんも“普通に”育ってくれればいいと、いつも言っていました」

 しかし、西城さんが生きた芸能界とのつながりはいまも深く、それが家族の支えにもなっている。“新御三家”の1人で親友だった野口五郎とは、いまもつきあいが続いている。

「五郎さんは、まるで親戚のおじさんのように子供たちのことを気にかけてくれていて、3〜4か月に1度、子供たちも含めた食事会を開いてくださるんです。五郎さんのお子さんたちと、うちの子たちが同じ年代ということもあって、子供同士もLINEで連絡を取り合っているんですよ。

 浅田美代子さんもお手紙をくださったり、岩崎宏美さんがクリスマスカードをくださったり。みなさんの温かいお気持ちに支えられていると実感しています」

 

 生前の西城さんが“芸能界の姉”と慕っていた樹木希林さん(享年75)とも不思議な縁で結ばれている。ドラマ『寺内貫太郎一家』(TBS系)での共演を機に2人は交流を深め、樹木さんは西城さんを弟のようにかわいがっていた。

 その樹木さんは、西城さんが亡くなってから4か月後、“弟”の後を追うようにこの世を去った。

「昨年、東京で秀樹さんのパネル展を開催したのですが、偶然にも、同じ時期にすぐ下のフロアで希林さんのパネル展をやっていたんです。見に行った際、お菓子と手紙を届けたら、後日、也哉子さん(樹木さんの一人娘の内田也哉子)がお手紙をくださったんですよ。このような接点が生まれるなんて驚きましたが、生前からのご縁が導いてくれたのかもしれません」

 晩年は自分のことより家族の今後ばかりを案じていたという西城さん。空の上から降り注ぐ西城さんの温かな眼差しに見守られながら、最愛の妻子は、新たな一歩を踏み出そうとしている。

※女性セブン2020年5月21・28日号

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