歌手・とんねるず お笑い界と歌謡界の壁を崩した多大な功績

歌手・とんねるず お笑い界と歌謡界の壁を崩した多大な功績

歌手としての功績も大きい(『ゴールデン☆ベスト とんねるず〜THE WORLD OF TUNNELS EARLY BEST OF TUNNELS』より)

 3月22日、『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)が幕を閉じた。前身の『みなさんのおかげです』から29年半、バラエティ界を支えてきた番組の最後で、石橋貴明と木梨憲武は1991年発売の『情けねえ』を熱唱。歌詞の〈この国を 滅ぼすなよ〉の部分を〈バラエティを 滅ぼすなよ〉に、〈この国を おちょくるなよ〉の部分を〈フジテレビを おちょくるなよ〉に変えて歌った。テレビ局関係者が話す。

「番組開始の頃と違い、昨今はクレームに敏感に反応し過ぎることでバラエティが萎縮してしまっていることや、1980年代からバラエティ界を牽引してきたフジテレビを安易に批判する風潮への警句だったのではないでしょうか。フジへの叱咤激励も含まれていたと思います」

 バラエティ界に燦然と輝く功績を残してきた一方で、とんねるずには歌手の一面もある。芸能記者が話す。

「彼らが登場するまで、お笑い芸人のヒット曲と言えば、1981年のザ・ぼんちの『恋のぼんちシート』くらいでした。ビートたけしも、1982年に『OK!マリアンヌ』で『ザ・ベストテン』(TBS系)のスポットライトにも登場しましたが、最高位40位で売上3万枚(ともにオリコン調べ。以下同)と伸びませんでした」

 1984年12月、とんねるずの実質的なデビューシングル『一気』(作詞・秋元康)は初登場121位。2週目に126位に後退するも、徐々に順位を上げて1985年4月1日付で最高位19位を記録。石橋はレコードデビューの心境を、秋元康氏との対談でこう語っている。

〈いや、売れるわけないと思ってたから。それでも、秋元さんが出せと言うからね。出す分には誰にも迷惑はかからないかなと思った〉(単行本『秋元康大全 97%』・SWITCH SPECIAL EDITIONより)

 秋元氏が作詞した1985年9月発売の『雨の西麻布』は最高位5位まで上り詰め、22万枚のヒットに。当時の人気音楽番組『ザ・ベストテン』にも初ランクイン。1位は安全地帯やC-C-Bに阻まれたものの、最高位2位につけた。

「1970年代までの芸人と違い、とんねるずは背も高く、ビジュアルも洗練されていた。アイドル的要素も持つ新しいタイプの芸人だった。彼らは歌謡界にも進出したことで、チェッカーズや小泉今日子などとの交流も深まった。それまでお笑い界と歌謡界には見えない壁のようなものがあったが、それを崩したのがとんねるずだったんです」

『みなさんのおかげです』が開始当初から高視聴率を叩き出せた要因の1つには、初回ゲストの松田聖子のみならず、チェッカーズや小泉今日子などの売れっ子歌手が毎週のようにコントに登場したことも大きかった。

 とんねるずは『情けねえ』で1991年の日本歌謡大賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも初出場を果たす。1992年発売の『ガラガラヘビがやってくる』は初のミリオンセラーを記録。歌手としても輝かしい実績がある。

「番組最後の『情けねえ』が視聴者の心に響いたように、まだまだ歌手・とんねるずは世間に求められていると思います。これを機に、テレビでの歌唱やライブの開催などを望むファンも多いのではないでしょうか」(同前)

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