脚本家が明かす石原プロ 「自己規制しないでやっちまえ!」

脚本家が明かす石原プロ 「自己規制しないでやっちまえ!」

番組作りも一筋縄ではいかなかった

 テレビドラマの黎明期から現在に至るまで、長きにわたって愛され続けているのが、刑事ドラマだ。特に『太陽にほえろ!』や『西部警察』シリーズに代表される昭和の刑事ドラマは、現在の刑事ドラマ人気へ続く偉大な一時代を創り出してきた。

『太陽にほえろ!』や『西部警察』シリーズを含めて、これまで200本以上の刑事ドラマの脚本を執筆してきた、映画監督・脚本家の柏原寛司さんに、昭和の刑事ドラマの誕生秘話を聞いた。

* * *
 昭和の刑事ドラマといえば、社会派や人情もの、アクションなど、その内容はバラエティーに富んでいました。そのなかでぼくは、アクションドラマを執筆させてもらいました。

 もともとアメリカの西部劇が好きだったので、その要素を盛り込んだバカバカしい話をいっぱい書きましたね。たとえば、『大都会PARTII』では、松田優作さんが演じる刑事に銀行強盗をさせたことがあります。

 普通、刑事が銀行強盗なんてしませんよね。そういう意外性を描くのが好きでしたし、それを楽しんでもらえる時代だったんですよね。

 そんなぼくの台本を、さらにおもしろくしてくれたのが役者たちでした。刑事ドラマの魅力は、役者のキャラクター次第。

 個性的な役者は、アドリブで脚本をどんどんおもしろくしていくんです。『警視-K』というドラマでは、主演の勝新太郎さんとゲスト俳優の原田芳雄さんが仲よしだったことから、私生活での会話さながら、2人でどんどんアドリブを重ねて勝手に物語を作っていくんです。もはや台本なんてあってないようなもの。

 勝さんは、「役者が役になりきってどう芝居するかを考えれば、リアクションも自然と出てくる」

 という考え方の人なので、脚本家のぼく自身、物語がどうなっていくのか、最後までわからない。そういうおもしろ味がありましたね。

自己規制せずどんどんやれ!

 昭和は、そんな不良な役者が多かったし、彼らの自由な表現が許されていました。なかでも、石原裕次郎さん率いる石原プロモーション(以下、石原プロ)が制作するドラマは破天荒で、ぼくもかなり遊ばせてもらいました。

 ほかの制作会社は、トラブルが起こる前に回避するという考えなので、車を破壊するシーンを書くと、

「柏原さん、壊す車を1台減らしてくれませんか?」

 と修正される。ところが石原プロの手にかかれば、脚本に書いた以上の数の車が派手に破壊されるんですよ。

「自己規制なんかしないで、どんどんやっちまえ!」

 という考え方で、現場にも臆さず、巧みな交渉術でかけ合い、壮大なシーンを自由に書かせてくれました。『西部警察PART-I』の脚本を依頼されたときは、

「渋谷の某ビルにシースルーのエレベーターができたらしい。それをロケで使わせてくれたら一本書くよ」

 と半ば冗談で言ったら、本当に交渉して使わせてくれました。ただ、東京でもっとも交通量が多い勝どき橋の下に爆弾を吊り下げ、橋が開いた瞬間に爆破するシーンを書きたいとお願いしたときは、さすがに許可が下りませんでした。でも交渉をしてくれただけでもすごいですよね。

 当時の視聴者も破天荒なドラマを楽しんでくれるほど寛容でした。いまは各方面に配慮して脚本を書かないとなりませんが、当時は、視聴者のことや社会情勢のことなんてまるで考えていませんでした。

 ただ、誰も見たことのない規格外のドラマを書きたかったし、実際に書かせてもらえた。それができたのは、昭和だからこそ、だったのかもしれません。

【プロフィール】
映画監督・脚本家 柏原寛司さん/1949年生まれ。日本大学芸術学部在学中に脚本家デビュー。『傷だらけの天使』をはじめ、『太陽にほえろ!』『大都会』シリーズ、『大追跡』、『西部警察』シリーズなど昭和の名刑事ドラマを200話以上執筆。

※女性セブン2020年9月17日号

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