竹内結子さん「独立考えてた」証言 20年来マネジャーも交代

竹内結子さん、40歳の節目での独立考えていた? 私生活では父親巡り親族トラブルとも

記事まとめ

  • 竹内結子さんはおばあちゃん子だったが、竹内さんの父親の行動を巡り疎遠になったそう
  • 父親は「義母の許可を得ている」として資産を処分し、不動産を購入していたという
  • 竹内さんは40才での独立を考えていたようで、中谷美紀や柴咲コウの影響もあった模様

竹内結子さん「独立考えてた」証言 20年来マネジャーも交代

竹内結子さん「独立考えてた」証言 20年来マネジャーも交代

竹内結子さんに何が起こっていたのか

 9月27日、竹内結子さん(享年40)が亡くなったニュースは、日本中に大きな衝撃を与えた。2019年2月に再婚を発表し、今年1月には男児を出産。幸せを満喫しているかのように思えた彼女に何があったのか。

 昨年末、竹内さんは、東京から電車で1時間ほどの距離にある、彼女が小学校時代を過ごした埼玉県さいたま市内の閑静な住宅地にいた。大きなお腹を抱えた臨月の彼女の傍らには、6才年上の姉と2才年上の姉。この日、竹内家の3姉妹が久しぶりに対面したのは、母方の祖母だった。

「あの子たちとはもう随分、疎遠になっていてね……。もともと結子ちゃんは、大のおばあちゃん子として育ったんです。近年は忙しいのか、会いに来ていなくて。父親が来ないのはわかるのだけど、孫とは会いたいようでね。昨年末におばあちゃんの具合が悪くなり、“もう最後かもしれないから会いに来てほしい”と連絡したら、お姉さんとともに駆けつけてくれたんです」(竹内家の知人)

 久々に孫と顔を合わせて、90才を超える祖母は心の底から喜んでいたという。しかし、竹内さんと祖母が会うのは、それが最後となった。この世界とお別れしたのは、竹内さんの方だった。

「おばあちゃんは体調を持ち直して、いまも健在ですが、いちばんかわいがっていた孫がこんなことになってしまった。おばあちゃんの気持ちを考えたら、言葉になりません……」(前出・竹内家の知人)

 竹内さんは10代の頃から家族を深く愛し、だからこそ悩み続けてきた。

「私の家族は複雑だから」

 生前、そう明かしていた彼女は、この頃、ある決断を下そうとしていた──。

昨年に再婚、今年1月には出産

 それは、いつもと変わらない週末のはずだった。

「9月26日の午後3時頃、竹内さんは近くのスーパーに夕飯の材料を買いに行ったようです。その晩も彼女は家族と食卓を囲みながら、いつもと変わらない様子で談笑していたと聞きます」(芸能関係者)

 夕食後、竹内さんは家族を残し自宅内の2階に向かった。それからしばらくして、夫の中林大樹(35才)が2階の寝室にあがり、ウオークインクローゼットで変わり果てた姿の彼女を見つけた。

「妻がぐったりしている」

 27日午前1時57分、中林が119番通報。転送を受けた警視庁渋谷署の警察官が駆けつけ、竹内さんは都内の病院に救急搬送されたが、そのまま帰らぬ人となった。

「最近、他界した三浦春馬さん(享年30)や芦名星さん(享年36)はひとり暮らしだったので、すぐに自殺という判断が下せました。竹内さんは家族と暮らしていて遺書もありませんでしたが、現場の状況や夫の説明から、自ら命を絶ったと警察はみています」(前出・芸能関係者)

 国民的女優の突然の訃報は、世間に大きな衝撃を与えた。竹内さんは1980年生まれ。中学卒業後に東京・原宿でスカウトされて芸能界に入り、1999年のNHK連続テレビ小説『あすか』でヒロインに抜擢された。清楚な顔立ちと豊かな表現力で頭角を現し、2003年の映画『黄泉がえり』から3年連続で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した。

 私生活では2005年に歌舞伎俳優の中村獅童(48才)と結婚し、同年11月に第1子となる長男を出産したが、2008年2月に離婚した。2019年2月には同じ事務所の中林と再婚し、今年1月に次男を出産したばかりだった。

悲劇の現場となった200平方メートルをゆうに超える都内のマンションには、昨年3月に中林と長男とともに引っ越した。次男の出産前後には、産休に入りながら、イベントなどの仕事をこなしていた。だが今年2月を境に、竹内さんの様子はどことなくおかしくなっていったという。

「大好きだった『所さんの目がテン!』(日本テレビ系)のナレーションの仕事も4月19日の放送回を最後に、休止状態でした。産休明けでしたが、仕事はあまり入っていないように見えました」(テレビ局関係者)

 最後の公の場となったのは9月1日、長年CMに出演してきたサッポロ一番の新キャンペーンの会見だった。

母親のお墓参りを欠かさなかった

 2005年には7才年上の獅童と結婚。幸せを掴んだかのように見えたが、わずか3年で離婚してしまう。

「獅童さんの不倫騒動などもあり、結子ちゃんは大きく傷つきました。このとき彼女が頼ったのは家族。まだ小さかった長男を連れ、姉の家に身を寄せていました。“頼れるのは家族だ”そう思ったのでしょう。この後、個人事務所の取締役にお父さんが名を連ね、離婚成立の翌年には現金一括でマンションを買い、お姉さんと同居を始めました」(竹内家の知人)

 ただ、この頃から、祖母とも疎遠になっていったという。前出・竹内家の知人が当時を振り返りながら語った。

「あまり大きな声では言えませんが……おばあちゃんの資産を結子ちゃんの父親が処分して、不動産を購入したそうなんです。父親としては“義母の許可を得ている”との言い分だったらしいけど、親族とトラブルになったそうです。2人のトラブルを知っていた結子ちゃんは、祖母とは会いにくくなっていったのです」

 その後、祖母は高齢も重なり、昨年末に体調を崩した。それを知った竹内さんが久しぶりに祖母と対面したのが冒頭の場面である。

「祖母の家族、つまり実母の家族と父親はまったくうまくいっていません。竹内家を代表してやって来た3姉妹は、その重い空気を痛いほど感じていたはずです」(前出・竹内家の知人)

 それでも身重の竹内さんは会いに行った。高齢の父親や、苦しいときに自分を支えてくれた姉を、今度は自分が支える番だと考えていたのかもしれない。

 プライベートで感情が揺れる一方、仕事面では変化を求めていたようにも見えた。2019年まで、年間のCM契約は4、5本コンスタントにあった竹内さんだが、今年は2本のみ。映画やドラマも年内は予定がなく、来年以降もスケジュールは埋まっていなかったという。

「彼女も40才という節目に独立することも考えていたようです。竹内さんを育て上げた社長の退任と20年来の担当女性マネジャーが変わったというタイミングもあったかもしれません。中谷美紀さん(44才)や柴咲コウさん(39才)など同世代の女性が独立した影響もあったと思います」(前出・芸能関係者)

 だが、彼女にとってはひとりの問題ではなかったようだ。別の芸能関係者が語る。

「夫の中林さんも同じ事務所です。独立といっても夫婦の問題にもなり得る。新たな挑戦をしたい竹内さんと事務所に残ってしっかり安定した生活を送っていきたい中林さんと意見の衝突はあったでしょう」

 子供の頃から自分を押し殺し、家族と接し続けた竹内さんは、今年4月に40才の誕生日を迎えた。前出・竹内家の知人が嘆息とともに振り返る。

「実は結子ちゃんのお母さんは40才になる年に亡くなっています。だから結子ちゃんが40才で旅立ったことには、大きな意味を感じてしまいます。毎年、自分の成長を報告するかのように母親のお墓参りを欠かさなかった優しい子ですから、母の年齢を超えて考えることがあったのか……」

竹内さんは死についてこう語っていた

 母親を亡くしたとき、竹内さんは14才だった。そして現在、彼女の最愛の長男もまた14才である。

「再婚する際は、長男が“3人一緒になれば楽しくなるね”と悩む竹内さんの背中を押したといわれています。彼女も長男には精一杯の愛情を注ぎ、彼が現在通う某有名中学の受験のときも、仕事をセーブしながら個人経営の塾に通わせ、2人で合格を勝ち取りました」(ファッション誌関係者)

 2016年のインタビューで彼女は「10年後の45才」についてこう語っていた。

《子供が二十歳を迎えるので、成人式に参加しているんでしょうね。そうなれば私も第二の青春の始まりです》

竹内さんが長男の成人式に参加することは、もうない。2011年の雑誌でのインタビュー。映画『僕と妻の1778の物語』で、余命宣告を受けた妻・節子役を演じる際、竹内さんは「死」についてこう語った。

《もし私が、節子のように余命が短いと告げられたら。たぶん……自分自身のことでいっぱいいっぱいになるでしょうね。日常も感情も、いまこうしている時間もすべて無くなっちゃうなんて。想像がつかなすぎて、くらくらします。

 命がもうすぐ無くなりますと言われても、節ちゃんみたいに堂々と受け入れることはできない。焦って、保険はどうしようとか、会いたい人に慌てて連絡とったりとか、取り乱してじたばたするでしょう。だけど最終的には、ひとつのことしか出来ないような気がします。それが何なのかは、人によって違うでしょうけど》

 彼女にとっての「ひとつのこと」とは何だったのか。残された者の問いが続く。

【相談窓口】
「日本いのちの電話」
ナビダイヤル0570-783-556(午前10時〜午後10時)
フリーダイヤル0120-783-556(毎日午後4時〜午後9時、毎月10日午前8時〜翌日午前8時)

※女性セブン2020年10月15日号

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