山口紗弥加、堂本剛を実家に紹介済み? 破局はともさかりえとの三角関係が原因か【芸能界、別れた二人の真相】

山口紗弥加、堂本剛を実家に紹介済み? 破局はともさかりえとの三角関係が原因か【芸能界、別れた二人の真相】

ともさかりえ

 KinKi Kids(以下:キンキ)・堂本剛が、ジャニーズ事務所を6月にも退所するとの情報をニュースサイト『東スポWeb』が15日に報じた。かねてから独立が噂されていた剛だが、これまで相方・堂本光一との不仲や解散説が幾度となく伝えられてきた。記事によれば、2020年6月にリリースした42枚目のシングル「KANSAI BOYA」から1年の経過を区切りに、円満退所するという。

 剛は、小学校時代に地元・大阪の児童劇団に所属し、1987年から「堂本直宏」の芸名で子役として芸能界へ。91年、同事務所に入所し、93年に光一とキンキを結成。94年放送のドラマ『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら〜』(TBS系)への出演をきっかけに役者として頭角を現す。97年7月、シングル『硝子の少年』でデビューし、02年5月発売のシングル「街/溺愛ロジック」ではソロデビューも。キンキはミリオンセラーを連発するなど絶大な人気を博し、長らく第一線を走り続けた。だが、17年6月に左耳の突発性難聴を発表。歌手活動に支障をきたしながら現在も後遺症と向き合っている。

 10代でトップアイドルの座に就いた剛は、過密スケジュールに日々追われていた。ろくに登校もままならない高校生活を送りながらも女優・山口紗弥加との愛を育んでいたようだ。

 ?>>濱口優、浮気相手へのメールが小倉優子の元へ? ブレーク当時の破局、双方に問題か【芸能界、別れた二人の真相】<<???

 「2人は東京・堀越高校の同級生。3年間を共にしたクラスメートで3年生のときに交際に発展したよう。欠席が多かった剛は女子との交流が少なく、修学旅行がきっかけで打ち解け合い、ハーレム状態になったという話は有名。そのうちの1人が山口だったといいます。2人の共演歴はなく、当時、山口がまだ無名だったために周囲は交際に気付かなかったとも」(芸能ライター)

 そして2001年4月、当時21歳だった2人の熱愛を『FRIDAY』(講談社)にスッパ抜かれた。同誌では、堂本の自宅に一泊した山口が顔を覆うようにマフラーをぐるぐる巻きにして朝帰りする姿が掲載されたのだ。

 「交際が4年ほどとなり、山口も次第に名前が認知され出した頃。一方の剛は相変わらずの人気で多忙を極め、キンキとしてもリリースする楽曲は毎回1位を獲得し、主演クラスの役者へと飛躍していた時期。当時は大きな話題となりました」(前出・同)
 
 だが、双方の事務所は交際を否定。友人関係と主張していた。

 「当時のジャニーズ事務所は恋愛に対して厳しい対応で、交際していたとしても否定せざるを得ない状況だったのでは。2人は破局や復縁を繰り返しながらも、一部では山口の両親や家族に剛を紹介し、公認の仲だったという話も。さらに、2001年11月にキンキがリリースしたシングル『Hey! みんな元気かい?』のカップリング曲で剛が作詞した『愛のかたまり』の歌詞の一文にかつて山口が語っていた『好きな男性の香りを街中で感じた時には、渋谷駅からセンター街まで尾行したことがある』というエピソードが歌詞の内容と酷似し、交際を裏付けていると話題に。ところが、その後の2人に進展はなく、ファンの間では同事務所が2人を別れさせたとされています」(芸能関係者)

 ところが、こんな噂もある。

 「2人の同級生だった女優・ともさかりえが95年から97年にかけて剛と共演したドラマ『金田一少年の事件簿』(日本テレビ系)と同シリーズの公開映画をきっかけに、熱愛説が浮上。ともさかをライバル視した山口は剛をめぐって三角関係に発展したといいます。一時期は山口と、ともさかの関係が悪化したとも」(前出・同)

 熱愛報道からおよそ20年、後にも先にも山口は剛以外に熱愛の噂はないようだ。一方の剛も近年、浮いた話は出てこない。冒頭の報道を山口はどう思うのだろうか。

関連記事(外部サイト)

×